お花見の由来と歴史 | いきいきるんるん♪ 微笑み返し

いきいきるんるん♪ 微笑み返し

昨日よりも今日、今日よりも明日の自分が
よりよくありますように!

お花見の由来と歴史
≪続きを読む≫

3月17日(土) 12:00 提供:教えて!goo ウォッチ

……
■お花見のルーツは貴族文化と農民文化 ……
「お花見の起源は、貴族文化と農民文化の2つの習わしがあります。まず貴族文化からお話しますね。桜を愛でる風流は、奈良時代の貴族から始まったといわれています。当時は桜の花ではなく、中国の遣唐使によって伝わった梅でした。平安時代になって遣唐使が廃止され、梅から桜になり、貴族たちが桜を眺めて歌を詠んで楽しんでいたのです」……

「『日本後記』には、嵯峨天皇が桜を大変気に入って、812年に京都のお寺『神泉苑(しんせんえん)』で『花宴之節(かえんのせち)』を催されたことが記されてあります。これが桜の花見が記録に登場した最初といわれています。一般庶民がお花見を楽しむようになったのは江戸時代の中頃からです。第8代将軍徳川吉宗がお花見を奨励したことが背景にあります」

■桜には神様が宿っていた!? 
……
「次に農民文化についてお話しますね。古代から農山村では春の農作業に先立ち、豊作を祈願して山野にでかける花見が古くから行われていました。昔から桜には神が宿ると考えられていたのです。『サクラ』の語源には諸説ありますが、一説によると『サクラ』の『サ』は田の神様のことを表し、『クラ』は神様の座る場所という意味があり、『サクラ』は田の神様が山から里に降りてくるときに、いったん留まる依代(よりしろ)を表すとされています」……


なるほど。桜に宿った神に祈るように、花見をしていたのだ。

「直物の開花は、農業の開始時期を示す自然の暦です。特に気象に敏感な桜は重要でした。花を稲の花に見立ててその年の作柄を占い、神とともに飲食を行い、これが遊びとしてお花見につながったといわれています」

■花見団子の色に込められた意味……駄洒落も含まれていた!?
……
「花見には、江戸時代から弁当や団子、酒がつきものでした。落語『長屋の花見』には、貧乏長屋の住人たちが重箱に卵焼きの代わりにたくあん、かまぼこの代わりに大根をつめ、酒の代わりに番茶を薄めたものを持って出かけるシーンがあります。このほか定番は、稲荷寿司、巻き寿司、花見団子や酒は、元々神に供えるものでした」……

「花見団子は、桜色、白、緑色の三食が一般的です。桜色は桜で春の息吹を、白は雪で冬のなごりを、緑色はよもぎで夏の息吹を表しています。そして、秋がないため、飽きがこないともいいます」……

「桜餅は、1717年、向島長命寺の門番、山本新六が桜の葉の掃除に困って、これを塩漬けにして餡餅をくるんで売り出したのが始まりだとされています。桜餅の独特の香りはクマリンという成分によるもので、塩蔵すると生成されます。桜の葉をかいだり、手でもんでも香りがしないのはそのためです」……

 

 

今度、お花見に行くので、覚書用に♪

 

〝歴史〟とか〝由来〟をひもとくのも、面白いですよね。

 

ちなみに、ブログをメモ代わりに使うのも、るんるん流ブログ利用術。

 

検索機能があるから、便利なんですよ。

 

 

下記の画像をクリックしていただけると

励みになりますので

どうぞよろしくお願いいたします♪

 

にほんブログ村 士業ブログ 社会保険労務士(社労士)へ
にほんブログ村

             

どうもありがとうございます。感謝のうちに。

     $東京・渋谷のるんるん社労士♪福島里加の毎日更新ブログ             労務トラブルを未然に防ぐ「転ばぬ先の杖」      

お問い合わせはこちら