「言葉の美 生徒に伝わる
吃音の国語教員
(認知行動療法研修センター大野裕)」より
…… ずいぶん前になるが、吃音の人たちの全国組織、日本吃音臨床研究会の合宿で、認知行動療法について解説したことがある。
その後、参加者の一人とロールプレイをした。
その人は国語の教員で、授業中に絵本の読み聞かせをしたときの話をした。
途中まではスムーズに読めたそうだが、クライマックスでどもって読み進められなくなった。
生徒たちはざわついた。
動揺して、「こんなことしなければよかった」と考えたという。
話を聞いて、わたしもつらくなった。
一方で、その人がなぜ国語の教師になり、読み聞かせをしようと考えたのか、疑問に思った。
吃音の人にとって最も苦手な職業を選択しているように思えたからだ。
たずねてみると、子どもの頃から吃音に苦しむなかで言葉の美しさを感じるようになり、教師として伝えたかったからだと答えた。
あらためて読み聞かせの現場の話を聞くと、教室は騒がしくなったが、子どもたちがその教師を批判することはなかった。
むしろ言葉について考える雰囲気が出ていたことがわかった。
言葉について考えてほしいという最も大切な思いが、子どもたちに届いていたことがわかって、その人の心は軽くなった。
私はもともと人前で話をするのは、すごく苦手でした。
学生時代、教育実習を始める前は、本当にどうしようと思ったものです。
ただ、子どもの頃から、書くことは好きでした。
伝えたいことがあった。
伝えたいことがある人は、話をする場を与えられたら、話をすることができる。
それが私の実感だったのですけど、この記事を読んで、その思いを新たにしました。
言葉そのものより、伝えたいという思いが大切。
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