日本最初の帝王切開手術

日本では、1852年に秩父郡我野正丸(現在の埼玉県飯能市坂元)で行われた帝王切開手術が記録に残る最初の帝王切開手術と言われています。あしかけ3日経っても生まれない難産で、胎児は子宮内で心臓が止まってしまったあとも分娩にならないために、家族本人と相談の上で帝王切開手術に踏み切ったとされています。

 

帝王切開手術後、母親は感染による発熱や腸閉塞で悪戦苦闘しますが、手術後およそ2か月で全治、その後、89歳の天寿を全うしました(これを顕彰して、1987年に「帝王切開発祥の地」の記念碑が飯能市坂元に建てられました)。記録に残る日本人の帝王切開の第2例は、1882年に千葉県佐原で行われましたが、母親は2日後に亡くなっています。

 

帝王切開の安全性はどうだったのか?

19世紀前半の帝王切開手術後の妊婦死亡率は75%と高く、その多くは術後の出血と細菌感染が原因でした。

1876年にイタリアの医師ポローが子宮を切開して胎児を取り出した後、子宮の上3分の2を摘出して、出血と感染を減少させることに成功し、帝王切開手術後の死亡率を66%から約25%にまで低下させることに貢献しました。

 

さらに、1882年、子どもを取り出した後、子宮の筋層の傷を丁寧に縫い合わせる方法が考案されて、死亡率は19世紀の終わりには6%にまで下げられたのです。現在の帝王切開分娩における死亡率は0.029%と、19世紀以前とは比較にならないほど低くなっています。しかしそれでも経腟分娩の死亡率の4倍(その死亡率は0.007%)です。

 

 

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