そもそも、権力の録画が何故、可視化なのか? | 御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

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 今般、成立しそうな刑事司法改革法案、日弁連が、推進した「建前」としては、「取調室の中で何が行われたのかについて、はっきりした分かりやすい証拠を用意することはきわめて簡単です。取調べの最初から最後まで (取調べの全過程)を録画(可視化)しておけばよいのです。そうすれば、被告人と捜査官の言い分が違っても、録画したものを再生すれば容易に適正な判定を下すことができるでしょう。」(日弁連ホームページ)という、取調べの可視化の一歩前進、っていう奴。

 なるほど!そうだよ、取調べを録画しちゃえばいいんだよ、やっちゃえ、やっちゃえ!

 ・・・ってどうも、そういう話ではなさそうなわけで・・・。警察・検察側が、録画することを「可視化」と呼んでいるようです。義務化すれば、全部、録画しなければならないのだから「取調べの全過程が可視化」される、ということだそう・・・。

 ふ~む。可視化とは録画、か。そして、それは被疑者や弁護人側ではなくて、取調べる側が行っても「可視化」なのか。なぜなら、後で見れるから。見せてもらえない場合は、立証自体無効になるのかな。つまり、録画が開示されない自白調書に効力はない、とか。・・・そういうわけではない?むしろ、例外がある?

①記録に必要な機器の故障その他やむを得ない事情により、記録をすること ができないとき②被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたなら ば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき③事件がいわゆる広域指定暴力団の構成員による犯罪に係るものであると認 められるとき ④③のほか、犯罪の性質、関係者の言動、被疑者がその構成員である団体の 性格等その他の事情に照らし、被疑者の供述及びその状況が明らかにされた 場合には被疑者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれら のものを畏怖させ若しくは困惑させるおそれがあることにより、記録をした ならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき

・・・は、録画しなくてもしょうがない、ってことで、つまり、別に録画は義務じゃないってことです。

 一つ、大きな疑問、ビッグクエスチョンが出てきます。何故、これが素敵なことなんだろう?という・・・。
 
 刑事弁護人の実務感覚としては、警察・検察は、自分たちに不利な証拠は開示、つまり「可視化」しない、という認識があります。また、警察・検察が「これで全部ですよ~」なんて言うときは、「なんか隠してるな」と思います。警察・検察は、自分たちの「仕事」、つまり被疑者を有罪に仕立て上げることのためにはなんでもする、というのが、実務的な認識です。

 そんなことはない?警察・検察は、真実発見のために捜査している?・・・それって権力擦り寄りの刑事ドラマの見過ぎだと思いますね。

 警察・検察が録画することが可視化かあ・・・。義務だから必ずするのかあ・・・。「取調べ」のときだけ録画すればいいのかあ・・・脱力。

 この「国家観」がやはり曲者ですね。国家権力が・義務的に・録画すれば、それは、私たちにとっての「可視化」である・・・という。

 そもそも、取調べが20日間も監禁された状態で可能なんて異常なのに、それを前提にしてしまうのものおかしい。それに、黙秘権が蔑ろにされる危険性もある。黙秘しているときの警察官や検察官の「恫喝」や「誘導」は開示することはない。さらに、そもそも、そもそも、取調べでの「自白」なんて証拠としてそれほど価値があるのだろうか・・・本人か魔女と認めれば魔女なのか。

 逮捕から勾留までの23日=552時間分の録画が、弁護人・被疑者持参のカメラで行うことが可能であれば、「可視化」かもしれませんけどねえ・・・・そんなこと認めませんよねえ国家権力は・・ねえ? 

    しかし、なんで、相手(国家)が録画することが「可視化」って呼ぶんだろ?

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