正月にテレビでオリエント急行殺人事件をドラマでやっていました。昔読んだアカザクリスティの話。とても新鮮な印象を当時持ったものです。
まあ「法の手を借りない人々による復讐としての集団殺人の物語」、これが、すごく短く要約するとそういう話だと思います。
まず、「裁判によると無罪だけど、実際は有罪」という心証がまず出発点として重要ですが、物語的には、ここに合点がいく説得力がないと「疑わしきは罰する」みたいな、ちょっと恐ろしい物語になってしまいます。
その上で、これまた、私たちの中にある「復讐という物語への愛着」は認めざるを得ないと思うのですが、それにしても、皆で、誰かを守るためでもなく、ただただ「復讐」の為に殺人する、ということに、自然にのめり込めないと物語の世界に入り込めません。
昔、読んだ時は、かなり入り込んだのになあ・・・。
一つは、職業柄っていうことになるのかもしれませんが、「判決手続において無罪、つまり有罪の心証の証拠が認められないケース」において、自分としては「彼が有罪、つまり罪を犯したことにつき確信を持っている」という心証を抱く場合は、どんな場合だろう?と思ってしまうのです。まあ、影で見ていたとかね。だったら、検察側の証人になればいいと思うけど・・・。
もう一つは、この間の「イスラム国」壊滅の為の「有志連合」による空爆と日本政府のそれに対する支援です。そして、その上での人質事件と不幸な死に対する「テロに屈しない」という政府の表明・・・。
要するに、テロに屈しないというのは「復讐」であり、救済でも防御でもない、有志連合による殺人への協力じゃないの?ということです。
たしかに、復讐の物語には私たちを惹き付ける何かがあります。だけど、現実に、数千人の罪のない人々も虐殺するようなことにその心理が利用されていると思うと・・・納得出来ないなあと思って、『オリエント急行殺人事件』に入り込めないのでした。
