古典の勉強と称して読んだ

「あさきゆめみし」のあるシーンのことを

ふと思い出しました。







生まれたときから

帝のもとへ嫁ぐべく育てられてきた

葵の上

家柄もよく、容姿もたいそう美しい。

当然、気位も高い。







「自分は帝のもとへ嫁ぐのだ」

幼い頃から当たり前のようにそう思っていた。

そのほかのつまらないことなんて目に入らなかった。








しかし、葵の上は帝ではなく

源氏の君と結婚することになってしまう。








もちろん身分不相応ではない。

相手は容姿も

性格も文句の言いようがない

あの源氏の君・・・







自分だって源氏の君ことを愛してはいる。

だけど・・・

気位の高さゆえ素直になれない。

それでもやさしい源氏の君







それなのに心にもないことを言ってしまう。

どうしていいかわからない。

こんなときどうすればいいかなんて

だれも教えてくれなかった。







そうやって二人の仲はなかなかうまくいかなかったんですが

葵の上が源氏の君の子を授かったことをきっかけに

少しずつ葵の上もこころを開くことができるようになっていきます。







そして、自分の命と引き換えに

わが子を産むという運命をかかえながらも

葵の上はやっとわかる。

「ああ・・・相手のことを愛しているなら

ただ微笑むだけでよかったのだ」と






恋愛に限らないけど

自分をみても

まわりを見渡してみても

あんまりことばが多すぎる。







「愛している」ということばを使わずに

「あなたのことが大事だ」と伝える。





「ありがとう」ということばを使わずに

感謝の気持ちを伝える。






もちろん相手に直接見えないからこそ

大事だということもなかにはある。








そういう視点が足りないんじゃないか

と思いました。







僕は恋愛にはあまり縁がなさそうなのでなおさら(笑)







今日もブログを読んでいただきありがとうございます。



少しずつでいいからあなたのまわりのいろんなことが

いい方向に向かっていきますように



人にはそれぞれペースがある気がします。





頭の回転が早いとか

器用だとか

そういうことだけでなく






なかなか伝わりにくい気もしますが・・・







そして無意識のうちに他の人のペースに

呑まれてしまう。





たとえばなにかを注意したとき

「でも~なんですよ。」

「でも、わたしは~だと思うんです。」

とくる。

なんとかわからせようと言葉を重ねるほど

だんだん自分が情をかけたり

無意識のうちに相手の言い分に合わせてしまったりするのか

伝えたかったことが本当には伝わらなくなってしまう。







普段、まわりの人といっしょにいても

同じようなことはある気がします。




我が強ったり、幼稚なところがあったりといった

性格や考え方

イライラしていたり、余裕がなかったり

といったそのときの気分や状況

からくるそのひとのペース






話しているうちにこちらもいっしょになって

イライラしたりしてしまう。





いっしょにいるうちにだんだん似たような考え方になってしまう。






お父さんがかわいい娘の言うことに

「そうだねぇ。そうだねぇ。」

というように

気が短くていやだなと思っている人に対してでなく

なんとなくやさしくしたくなる人や

自分が大切だと思う人ににこそ

そうなる気がします。





周りの人を見下して自分を守れ

といっているのではありません。






相手のためにも

よりよい関係のためにも

一歩さがってみる

より高い視点でいる





相手がそのとき気が付こうが付くまいが

そんなことは関係なく

大事じゃないかと思います。








今日もブログをよんでいただきありがとうございます。


少しずつでいいからあなたの周りのいろんなことが

いい方向に向かっていきますように

自分の周りや世の中を見渡してみたり、

歴史を振り返ってみたりすると

ほんとうにいろんな人がいて

すごい人はたくさんいる。





でも「すごさ」は人の数だけある





たとえば強い人と一言でいっても

いろんな強さがあり




やさしい人と言っても

いろんなやさしさがある。








(実際に、映像で、文字の上で)出会った人から

学ぶことはたくさんあるし

それから自分をよくしていこうというのは

とても大事なことだけど






それにいちいち振り回されて

昨日の自分と今日の自分

明日の自分、そしてあさっての自分がころころ

変わってどこにも落ち着かないというのでは

よくない。







いろいろな人がいて

言ってることがそれぞれ違っていたり

全然ちがう性格の人のように思えることがあるけど

その人たちが本物なら

その違いは表面的なことで

もっと深いところで必ず、相通ずるものがある。







それをこそ学んでいかなければならない。

そして、そこから自分自身がどうあるべきなのかを

考えていかなければならない。

そんな気がしました。






今日もブログを読んでいただきありがとうございます



少しずつでいいからあなたの周りのいろんなことが

いい方向に向かっていきますように