毎日いろいろなひとにいろいろな言葉を掛けます。

元気のないを笑わせる。

悩んでいるひとに「こう考えてみたら?」

とアドバイスする。

前に進もうとするひとの背中をそっと押してやる。







「そんなこと言える立場なの?」

と聞かれれば

「いいえ」と言うしかありません。






実際、自分自身を修めることすらままなりません。

取るに足らないことで

すぐ乱れてしまいます。

覚悟も努力もぜんぜん足りてません。

言った後で

「こんなこと言って責任持てるのか」と

ものすごく怖くなることがよくあります。










でも自分がどうかなんて

悩んでいるひと

行き詰っているひと

道を見失っているひと

いろいろいますが相手には関係ないんです。

その人には自分しかいないんですから。






「できるだろうか」

「なんとかしてやりたい」

ではなく







「やるしかない」







口先だけではことは動きません。

それどころか信頼されなくなります。








相手からも

自分自身からも

そして、もっと大きなものからも






中途半端になるならはじめからやらない方がましです。







semple avanti!

(常に前進、前進あるのみ。)

「期待も想像も超えて行く」

という広告のキャッチコピーを見ました。




イチローの姿が浮かびます。

常に観客の「期待も想像も超えて行く」

本当に頭が下がります。




イチローに限らず

周りのひと、もの、そして自分に対しても

少なからず期待している気がします。





「あれだけやってあげたんだからこれくらい当たり前でしょ!」

「友達なんだから当たり前でしょ!」

「自分が大事に思ってるんだから、

相手にも自分のことを大事に思ってほしい!」

「自分はこんなに努力してるんだから報われて当然だ!」

「自分ならこれくらいできて当然だ!」



そして期待が裏切られると

まるで

「自分の権利を侵害された!」

と言わんばかりに食って掛かったり、

ひとや自分を信用できなくなったり、

自分の運命を呪ったり・・・





でも考えてみると

期待というのは

自分が勝手にしていることが多い気がします。

自分が与えたものに対して相手が返す義務は必ずしもあるわけではない。

にもかかわらず「裏切られた!」

と感じるのはいかがなものかと・・・。




自分の側から見ているだけでは

相手がどんな状況にあり、何を考えているかは

わかりません。

返したいけど返せないのかも知れません。

自分のことで精一杯なのかもしれません。







返ってこなくても

忘れられても

「自分が相手のためにできること」

「自分自身のためにできること」

とは何かを考えて実行する。

勝手に。



そして、うまくいったら

「よかったねぇ~」と心底思う。

(自分が成長したということは

周りのひとにしてやれることが

増えたというですから)


それができたなら

随分軽く、あたたかな気持ちで

そこにいることができる気がします。







ついさっき自分の住んでいる県に

あるとても有名な実験施設があることに気づきました。

科学系のことには興味があるので

情報としては知っていたのですが・・・。

「これ行こうと思えば行けますやん!」という。(・_・;)

(随分間の抜けた話ですが・・・。)








情報をキャッチするだけで満足するのではなく

自分なりに分析したり、自分のことと関連づけてみたり・・・

どう読み解いて生かすかが大切ですね。





では。