いやぁ「地雷原を歩くのってこんな感じかな」
という二日間でした。(笑)
胃が・・・(´_`。)
それがどんなに小さなことであっても
「変わる」ということには
とてもエネルギーの要ることじゃないでしょうか
そこで大切になるのは
信じることができるものがあること。
あるひとにとっては
「自分はこう在りたい!」という信条かもしれない。
また別のひとにとっては
すべてを預けることができるひとかもしれない。
宗教的なよりどころを求めるひともいるかもしれない。
絶対的な安心感。
こころの奥にある、
なんだか「すぅー」っと力が抜けていくような
そして、「絶対、大丈夫だ!」と確信させてくれるような
あたたかいもの。
行き詰っているひとの内面もそうですし、
たまに出会う嫌なこと、
「不運だ!」と思えるようなことでもそうですが
宮崎駿の映画「千と千尋の神隠し」に出てくる
「クサレガミ」のようなものなのかなぁと思ったりしています。
(↑訳あってどろどろのヘドロを固めたような姿になってしまった神様)
もともとは善いもの
けれど、それが本来の姿でなくなってしまっている
といったところでしょうか。
本人が汚れを一番、実感していて、
でも、どうにもならなくて、
自分ではもう訳わかんなくなっちゃってるんですね。
どんなに泥にまみれていても
軽ーく、やさしく受け止める。
すべてはそこからはじまる気がします。
ほんとうにすごいひとは
悪いひと、不運なんてものの中にさえ
光を見出すことができるのだと思います。
ほんとに微々たるものかもしれませんが
受け止められるだけ
受け止めていきたいと思います。
つくづくと
過ぎきし方を見返れば
神の護りのある身なりけり
では。