私は「数学なんかをして人類にどういう利益があるのだ」 

という問う人に対しては、

スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、

そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、

スミレのあずかり知らないことだと答えてきた。





数学者岡潔の言葉です。







悲しみ、苦しみなんていうものは

いたるところに「なんでだー」ってくらい

転がってます。








それでも、凛としてそこに咲いていたい。





蜂や蝶の糧となり

道を行く人の心を休ませることができるかもしれないから、








ひとつひとつの花が本当にきれいに咲いたとき

そこに美しい春の野が現れると思うから。








なーんて( ´艸`)

最近急に秋めいてきて

夜、窓を開けておくと涼しい風が入ってきて

虫の音なんかが聞こえてきたりします。





そのせいかもしれませんが

なんだか、自分を取り巻く空気といいますか、

流れといいますかそんなものも変わってきた気がします。






満ち足りた春が過ぎ、

夏バテした夏が過ぎ、

静かな秋がやってきて

厳しい冬が近づいてくる。






だんだんと

問題の対象はいろんな方面に広がっていくようで

実は、より根源的に、深く、せばまってくる・・・





そんな気がしました。

何もないようですべてある。




ひとりのようでみんないる。





悲しみも喜びも





わたしも目の前のあなたも





すべてひとつ。