できない理由はいくらでも挙げることができる

その逆も然り。






要はやるかやらないか。






絶対にやると決めたときはじめて

どうすれば事態を打開することができるかが見えてくる。









自分ではどうすればいいのかわからないとき






どうするか






信じる







自分を







それができないなら







自分を導く人を






その人が信じるものを






理由なんていらない






強く、深く






それを当たり前のこととして、はっきりと実感して

「信じる、信じない」

という次元を超えるときまで。








よく

「ほんとに大事なのはことばじゃないんだ。」

といいますが、







ほんとになんとかしたい、なんとかしてやりたいとき

ことばはなんの力にもらないどころか

いくら搾り出そうしても

一言も出てこないですね。

頭に浮かんできません。





そして自分のことを考えると

大事なときほど何もできない気がします。





どうにもならないことが多すぎるように思えるえるのは

ものごとを考える次元が低いからなのか。

考え方がまちがっているのか。




わからない。

わからないけどわからないなりに

(大袈裟に聞こえるかもしれませんが)

いまはできることを探して

ひとつひとつ気持ちを込めていくことしかできない。

とにかく前に進まなくては、まちがった方向に

進んでいることすらわからない。







その先に答えがあるのかもしれないし

ないのかもしれない。

いや、そんなことはどうでもいいのかも。







つづきはまたそのうちということで・・・。

じっくり砂噛んどきます。




























付け焼刃というか

小手先だけのテクニックのようなもの

あるいは、自分の頭で考えて深めていないものは

つまらないなと思います。







そういうことばかりに気をとられていると、

自分の頭で考えないと

考え方や選択そして生き方もそんなふうになってしまう気がします。







少々時間がかかろうが

自分の頭で本質に迫って行きたい。

問題意識と問いを友に。






基本、根っこの部分が大事です。