自己変革プロデューサー
しんご先生です。
最近、クライアントの経営者さんや組織のリーダーのセッションをしていて、
ものすごく深く、そして誰もが一度はハマったことがある
「人間関係の不毛なループ」について、
リアルな事例をお話しします。
今日は、そのカラクリを心理学(交流分析)の視点と、
身体のメカニズムから、
分かりやすく紐解いてみたいと思います。
今、職場の人間関係や、
パートナーシップで
「なんでいつも同じパターンで揉めちゃうんだろう…」
と悩んでいる方は、ぜひ自分ごとに置き換えながら読んでみてくださいね。
よくある「すれ違い」の現場
例えば、こんな日常の揉め事のパターン、身の回りにありませんか?
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相手(リーダーや上司): 「なんで〇〇してないの!」と怒る
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自分(あるいは部下): 謝る前に「いや、それはこういう理由がありまして…」と事実を説明する
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相手: 「言い訳ばかり言わないで!」とさらに火がつく
これ、どっちが正しいと思いますか?
実は、「どちらも自分の正しさに従っているだけ」なんです。
ここには、お互いが無意識に持っている「スキーマ(心の前提ルール)」のズレがあります。
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説明している側のスキーマ:「事実や背景をしっかり共有することが、誠実な大人の対応だ」
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怒っている側のスキーマ:「まずは謝罪が先。理由は後回し。私の気持ちを分かってほしい」
だから、説明する側が「良かれと思って」
誠実に理由を言えば言うほど、
相手の目には「この人は自分の非を認めずに、言い訳(反抗)ばかりしている!」
と映ってしまう。
お互いに「自分が正しい」と思っているから、
会話が絶対に噛み合わない。
これが、人間関係の罠なんです。
なぜ毎回、同じ最悪の結末に滑り落ちるのか?『Gの方程式』
心理学では、このように
「いつも同じパターンで、お互いに後味の悪い終わり方をするやり取り」のことを
『心理ゲーム』と呼びます。
このゲームが、なぜ自動ブレーキが壊れた車みたいに
ノンストップで最悪の結末まで滑り落ちてしまうのか。
それを解き明かすのが、
『Gの方程式』という、心の数式です。
人間のトラブルは、偶然起きているのではなく、
実はこのステップの通りに自動進行しています。
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ちょっかい(罠をかける)
「良かれと思って(助けようとして)」あるいは「困った風に」どちらかが近づく。
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がっちり(弱みが噛み合う)
相手の「断れない優しさ」や「認められたい気持ち」にがっちりハマる。
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ループ(いつもの不毛なやり取り)
「言った、言わない」
「なんでやってくれないの」
と不毛な会話がぐるぐる続く。
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スイッチ(大どんでん返し!)
限界がきて、堪忍袋の緒が切れる。
「もういい加減にして!」
「もう知らない!」と爆発して、
お互いの立場がガラッとひっくり返る。
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パニック&後味最悪(結末)
一瞬「えっ…」とフリーズしながら、結局
「やっぱり私はいつも悪者にされる」
「ひどい、そこまで言われるなんて」という、
最高に後味の悪い不快な感情(心理学ではこれをラケット感情と呼びます)
を心に溜めて幕が閉じる。
みなさんにも、身に覚えのある「いつものパターン」はありませんか?
頭の「思考」だけでは、心の鎧(よろい)は脱げない
このゲームを降りるためには、
「あ、お互いの前提が違ったんだね」
と頭(思考)で理解するアプローチも大切です。
でも、長年
「自分が優位に立たなければ、人から認められない」
「正しくなければ、自分には価値がない」
と、必死に『肩書き』や『正しさ』という
重い鎧を握りしめている人の場合、
頭の理解だけでは、その手の力は緩みません。
なぜなら、
「あなたは悪くないよ」と
言葉でどれだけ全肯定されても、
脳の表面(思考)で
「そんなこと言ったって、私がしっかりしなきゃダメなんだ」
という防衛モードが発動してしまうからです。
私がセッションで大切にしているのは、
頭の理解を超えた、
「体感(身体の感覚)から緩めるワーク」です。
部屋の中で物理的に、
自分の持っている「肩書き」や「正しさ」を
床に一度置いてもらい、
そこから一歩下がって
「ただの一人の人間」の場所に戻る。
そして、
「じっとお互いの目を合わせる」。
実は、目を合わせるという行為は、
脳のシステムを「言語・思考モード」から「本能・身体モード」
へと強制的にシフトさせます。
目を合わせた瞬間、頭での言い訳の組み立て(思考の検閲)がストップし、
お腹や喉の奥に眠っていた
「生の感情」や「身体の緊張」が
ダイレクトに呼び覚まされます。
相手の目を通じて、
「あ、この人は私を攻撃しようとしていない。
私をただ一人の人間として見つめている」
という安心感が体幹に流れ込んだとき。
「私はこれまで、一人で戦いすぎてきました」
「もう、これ以上正しくあろうとしなくて、いいのかもしれません」
そんな、普段は心のブロックに隠れて
出せなかった本当の声や涙が、
ドバッと外へ溢れ出します。
限界まで張り詰めていた身体が、
この瞬間に「フワーッ」と芯から緩んでいく。
この体感の納得があって初めて、
人は「私は私のままでいいんだ」と、
本当の意味で自分の人生を生きる
「再決断」ができるのです。
おわりに
人間関係のプロレス(心理ゲーム)の土俵から降りること。
それは、どちらが正しいかを選ぶことではなく、
お互いの「スキーマ(前提)の違い」を
大人の目で受け入れ、
感情のぶつかり合いを卒業して、
プロフェッショナルな
大人の関係にシフトしていくことです。
もし、あなたの周りで
「いつも同じパターンで揉めてしまう関係」
があるなら、
それはあなた自身の
「体幹の力み」を教えてくれる
サインかもしれません。
一度、深く息を吐いて、
肩の力を抜いてみませんか?
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
