例の部活動における体罰問題からはじまり、
柔道女子日本代表の監督辞任と、
今、体罰は悪しきモノとなってしまった感がある。
このままでは泣き虫先生の7年戦争…
あの名場面↑もテレビではもう見れないかもしれない。
(拳の涙を見逃さない辰兄ィが素敵です…笑)
個人的に体罰…という表現は好きではないが、愛のムチ的、
ある程度感情に任せたとしても、”想い”のあるソレはあってもいいと思う。
伝え方は言葉だけでは必ずしもない。
時としてそういった伝え方があってしかるべきかと。
アムロの名台詞しかり。
メディアというか世論というか、あまりに極端に論じられてはいないか?
つまり例の部活動の一件は体罰を超えたものであり、
一部での何十発という報道も考えるともはや事件で、
加害者のとった行動はあまりに病的に思える。
だから体罰という事だけでソレと他と一緒にする事に
違和感を覚えずにいられない。いずれもソレの有無の問題ではないのだ。
なのに有れば悪で無ければ正。
…と簡単に括られるようなこの雰囲気がなんとも薄気味悪い。
でも確かに暴力は随分と縁遠くなった気はするなぁ。
今時親父に殴られた経験を持つ方が少ないだろうし、
もしかしたら幼少の頃に取っ組み合いのケンカをした
経験を持たない人も少なくはないんだろうな。
だからといって違う形の陰湿な暴力は存在するわけで…
とかく世知辛い世の中だ。
*
p.s.
やはり繊細なのは苦しい。
加えて人より抜きん出た能力を持った人は尚更だ。
逆に鈍感で能力のある人間程楽なものはないかもしれない。
しかしそのとばっちりを受ける側はたまったもんじゃない。
鈍感故に相手を察することができず、
自身に出来た事を、自身が出来る事を平然と相手に求める。
結果が伴わなかったときの所作を知らない。
こうゆうのはビジネスの現場でもよく見かける。
無論2通りのタイプが存在しなければ何もかも成り立たないのだけど…
なかなかジレンマなのです。
