ロンドンオリンピックも終わった。
基本的にオリンピックは個人競技の祭典だと思う。
しかし今回は団体競技もなかなか楽しませてもらった。
どんな人も…
特に男子であれば成長の過程でスポーツとの付き合いを選択する場面がある。
両親や兄弟の影響もあるだろうし、流行、環境、好み…
また自身の運動能力や性格にも左右されるはずで。
能力や努力がそのまま結果にシビアに反映される個人競技。
それとは逆の団体競技。
夫々に自身を成長させる要素はある。
ただ世の中の仕組みがどんどん個へ移っていく中において、
団体競技でより培われる協調性なんかはこのご時勢捨て難い成長要素だとも思う。
加えて自己犠牲といった感覚も団体競技特有かもしれない。
ただ野球にある犠牲バントや犠牲フライはそれとはちと違うかな。
記録に残らないのが本来の自己犠牲だと思うのです。
さて何の話かというとビジネス。
まぁそんな堅苦しく言わなくても職場における組織というか、、
その組織を束ねる幹部社員に至っては個人競技出身者が多いという事実。
これはあくまであたしの職場近辺のことだけど、
確かに協調性ばかりでは上に立てないのもわかるかな。
ただあまりよくない個人競技出身の幹部の例として、
部下の能力や性格に配慮を示さず自身の尺度で物事を進めること。
勿論それについて行ける部下も居るしその逆もしかし。
このバランスが後者に傾くと組織としてはなかなか厳しい。
だからといって配慮だけでは推進力に懸念が生じたり。
いずれも多くの人が何らかの組織、プロジェクトに属している以上、
協調性や誰かの自己犠牲なしでは成り立たないのも事実。
きっとどっちも相応に必要なんだけどね。
なんとなくそんなことを考えた2012年のオリンピック。
基本的にオリンピックは個人競技の祭典だと思う。
しかし今回は団体競技もなかなか楽しませてもらった。
どんな人も…
特に男子であれば成長の過程でスポーツとの付き合いを選択する場面がある。
両親や兄弟の影響もあるだろうし、流行、環境、好み…
また自身の運動能力や性格にも左右されるはずで。
能力や努力がそのまま結果にシビアに反映される個人競技。
それとは逆の団体競技。
夫々に自身を成長させる要素はある。
ただ世の中の仕組みがどんどん個へ移っていく中において、
団体競技でより培われる協調性なんかはこのご時勢捨て難い成長要素だとも思う。
加えて自己犠牲といった感覚も団体競技特有かもしれない。
ただ野球にある犠牲バントや犠牲フライはそれとはちと違うかな。
記録に残らないのが本来の自己犠牲だと思うのです。
さて何の話かというとビジネス。
まぁそんな堅苦しく言わなくても職場における組織というか、、
その組織を束ねる幹部社員に至っては個人競技出身者が多いという事実。
これはあくまであたしの職場近辺のことだけど、
確かに協調性ばかりでは上に立てないのもわかるかな。
ただあまりよくない個人競技出身の幹部の例として、
部下の能力や性格に配慮を示さず自身の尺度で物事を進めること。
勿論それについて行ける部下も居るしその逆もしかし。
このバランスが後者に傾くと組織としてはなかなか厳しい。
だからといって配慮だけでは推進力に懸念が生じたり。
いずれも多くの人が何らかの組織、プロジェクトに属している以上、
協調性や誰かの自己犠牲なしでは成り立たないのも事実。
きっとどっちも相応に必要なんだけどね。
なんとなくそんなことを考えた2012年のオリンピック。
