昨晩のNHK、やっぱこの番組は面白い。
時々、太田の独自を装うような持論が過ぎて
見ていて辟易してしまう事もあるのだけど…
まぁそれも愛嬌か、、(苦笑)

あたしはこの手の話に元々興味はあって、
理屈(この辺りの表現の仕方は難しいが…)で
タイムマシンが可能であることは理解している。
考え方としては”過去”へ行ける理屈の方が簡単ですね。
”タイムマシン”という呼称が混乱させるのかも知れない。
つまりあたしらが見ている万物は全て過去の状態であり、、
太陽とか何光年かけて辿り着いた星の光とか…
つまり生きている事そのものが過去を見つめている事であり、、
マシンというのはそこに付加価値を与えた道具に過ぎない。
そして付加価値を与えるために超えなければならない壁
”光のスピード”
…あぅ、長くなりそうなので止めとこ(苦笑)

「未来とは常に過去からの演算に他ならない」

他人の顔 (安部公房)に出てくる一節で
とかくあたしはこの下りが好きですね。
言い換えれば光に満たされた世界に存在する万物は
何者かが生み出したタイムマシンとも言えるんだな…と。

てことで次回は90分スペシャル!
メモっとかないとつい見過ごすからなぁ…(笑)

■爆笑問題のニッポンの教養■


P.S.
タイムマシンの定義は難しい。
既にあたしらが保持している過去を映す機能。
1秒前の月や8分前の太陽や幾年前の星の明かり、、
これにどういった付加価値を持たせるかによるんだろう。
今備えている月や太陽の過去を見る機能、
これらは全て”結果”であり、それら”対外”の過去を映す機能は
残念ながら人間自ら創作したものではない。
例えば地球や自身の過去を映す装置があれば、
それはある種のタイムマシンと言えるだろう。
つまり”カメラ”はある種のタイムマシンと言える。
しかしドラえもんやSF映画にあるようなタイムマシン、
過去の人物と会話したり、、といった機能については、
今ある理論では多くの矛盾を生じさせる。
19世紀に誕生した”カメラ”がここまで進化を遂げた様に、
いつかその時は訪れるんだろうか??
しかし星の命も有限であり、、。
なかなか巧く出来た世の中だ(苦笑)



アニリール・セルカン
宇宙エレベーター