| 5日午後9時45分ごろ、新潟県長岡市内の病院から、「女子高校生が学校内で出産し、えい児が病院に運び込まれたが死亡した」と長岡署に通報があった。出産したのは県立高校3年の女子生徒(18)で、産まれた男児は死亡した。同署は生徒の回復を待って、詳しい経緯を聴く。(中略)女子生徒は当日まで通常通り登校。周囲は誰も妊娠に気が付かなかったという。 |
日々突っ込みたくなるニュースが次々に溢れ、
記事にする事も億劫になっているのだけど、、
これはまた衝撃なニュースですね。
高校生が…とか、そうゆう事が衝撃ではなくて、
”何故誰も妊娠に気付かないの?”
これがすごい衝撃!、、というか興味を惹く。
一体どうゆう環境(@学校)だったのだろう?と。
本人の体型とかの問題はあったか別にしても、
そもそも兆候とか色々あるじゃない?
不登校でもないみたいだし、、?
もし誰も気付いてないのなら
それはそれで何だか怖い世界だなぁ…と。
逆を言えば校則の意味がないわけで、、
妊娠もバレないような状態なら、
タバコや覚せい剤なんてもっとバレないっしょ?
そもそも当人だけが疎外されてた?
それはそれで勿論問題だ。
仮に学校の誰も気付かないにしても…
親はどうだろう?気付いてた?いない?
やっぱりどっちに転んでもこの結果は問題だ、、
てことを考えるとあたしは当人が、
当人の置かれている環境が不憫で仕方なく。。
(当人に非があるか否かは別として…)
ま、いずれも時間の経過と共に
新たな情報が開示されるのかもだけど、、。
本論から少しズレるけど、
こうした若い子が妊娠したり、
未熟(?)とされる若いカップルが
できちゃった婚したり、、
そうゆうのを悪く言うのはどうかなぁ?と思う。
もちろん未熟である事が結果として
不幸を招く事もあるだろう。
しかしそれを機に幸せを築く事だって勿論ある。
つまりは”できた”結果に対して小言ではなく、
もっと建設的に接してあげれないのだろうか?
まして少子化が騒がれているご時世に、
もっと応援してあげる風潮があっても良いのにな…と。
無論、生まれてくる子供には罪はないのだから。
誕生した経過を嘆くより、誕生した事を誰もが
祝福できるような風潮になれば、
色々変わっていくような気がするのです。。
始まってもいないのに、初めから烙印押されちゃ、、
モチベーションも下がるってものです…。
