母親は女子生徒に「どちらかといえばデブ」などといわれたことに腹を立て、娘に制止されるまでヘッドロックやバックドロップなどプロレス技で暴行を加え続けていた。女子生徒の下半身を裸にし、携帯電話のカメラで撮影するよう指示もしていた。母親は「教育のつもりでやったが、今から思うとやりすぎた」などと供述している。

意見は分かれるだろうが、”暴行を加え続けていた。”
”女子生徒の下半身を~”の箇所を除けば
あたしはこの母親が行った行為には少しは賛同したい。
どうあれ目上の人に向かって「どちらかといえばデブ」
等とノタマウのは如何なものか?
確かに細かなシチュエーションがわからないから
実は母親に過失があったのかもしれないが
仮に暴言を吐いた女子高生に過失があるとすれば
どういう形であれ報いは受けなければいけない。
しかしプロレス技というのがなんとも味わい深いな。
ま、アスファルトにバックドロップは危険だけども…(苦笑)

以下、暴言を吐いた女子高生に
過失があるという前提で書くが、、
勿論この母親の行為全ては容認できない。
娘に強盗紛いな事もやらせてるようだし、、
でも娘の援交相手を恐喝する心情はわかったり。
(計画的なら問題アリだが…)
そういう意味でなんかこの母親には
極端な正義と悪魔を感じますねぃ。
良し悪しは別としてね。。

この件に思うことは、特に子供にとっては
身近な環境に一人や二人、無条件に”怖い”と
感じられる存在が居たほうがいいと考える。
先に触れた校長や今回の母親等、
今時注意の一つで刺されかねない時代に
なかなか勇気のある人達だ。
多少対処が行過ぎても良い。あたしを含め、
見て見ぬ振りをする者よりよっぽどマシだ。
そしてその怖い存在を周り(子供)が認識し、
回避すればいいだけのことだ。
幾分乱暴な解釈かもしれないが
ある意味”秩序”といったものは
そうゆうところから生まれる…と。
わかりやすく言えば怖いお兄さんの存在理由だ。
多くの人は無条件に道を譲るだろう…。
いささか理不尽ではあるが、
それがある種の”秩序”であり”節度”である。

あたしが言いたいのは
幾らこの母親の素行が悪いとしても、
それを回避する事は十分可能なわけだから、、。
「何をやっても許される…」
的な緊張感のない若者の感覚は如何なものかと…。
(援交の事で言えば大人も同じか…)
勿論全ての若者がそうじゃないし、
刺されるのが怖いあたしの振る舞いもいけないんだが、、。

 
Mr.Children
 everybody goes-

「皆病んでる~♪」