"キオスクでも手に入るゲイ雑誌"、というと
上の2点しかキオスクで売ってない、と思われそうですが、
他にもまだまだゲイ雑誌は置かれているようです!
いや、ゲイ書店でなく、メトロそばにあるキオスクに
普通にゲイ雑誌が1つでも置かれてるだけでびっくりなのですが^^;
ELLEとかと普通に並んでいるから、全く気が付かなかったです。
だって、画像1枚目のように表紙普通でしょ?
かっこいいモデルさんって思ってましたよ。
まさか女に興味がない殿方ばかりだったとは思ってなかった、、。泣
中を見せてもらったら、表紙通り、かっこいい男(ゲイ)が沢山、
でもって、ファッション誌のようにおしゃれな構成!
ま、よく見たらOh la laaaな情報も載っていたりしますが^^;
これにはゲイである友人も驚いてました!
それもそのはず、
日本ならキオスクに置いてないだろうし(←よく調べてないですが)
友人も日本では、書店のゲイの本が並んでいるところでしか、
このように公然と手に取れる環境はないと言っていました。
その上、"ゲイ"というと性的なものばかり
前に出てしまっている日本と異なり、普通の情報誌が
フランスにはある!と嬉しそうでした^^
私も誤解していた一人ですが、
ゲイの雑誌、ゲイの映画、、、と聞くと
何だか性的なものばかりを追ったようなものを想像しちゃってましたが、
なんらノーマルの恋愛と変わらなかったり、興味を持っていることなど
ゲイの人でもノーマルの人とあまり違いないんだと知りました。
"変な性的なもの"としか日本の中で"ゲイ"が存在していないことに
失望しているゲイは、本当は友人だけではないのでしょうね。
下品なもの、"変な"ものは、よく考えてみたら、
"ゲイ"の人たち間だけでなく、
ノーマルの世界にも吐き気がするほど存在しているので
偏見は捨てなければなりません。
ゲイの友人たちの恋愛感を見ても、自分がしっかりあったり、
学生という目でみたら、留学生ではなく、
頭の中は恋愛だ、セックスだ、と遊学生をしているのは
むしろノーマルの方が多いのではと思ったりもします。
日本人学生に限らず、他の国の学生を見てもそう思います。
恋愛もセックスも大切なことだけれど、これしかない人って
"ゲイ"だから"ノーマル"だから関係なしに魅力ないですよね。
気をつけよっと
"自己がしっかりしている"ということの大きさは
恋愛の面だけでなく、人としての大きさにも繋がっている。
そう思うのは、パリに来てから変わった友人らが
目の前にいることからも思うのです。
日本に居た時からの付き合いの友人は、
正直、"ゲイ"と思い浮かぶ人でした。
面白くて親しみやすくて(←ここは素敵なところ!)、変な格好してて、
ナヨっとした仕草に喋り口調、、、。
こんな私の"ゲイ"像が崩れることがなかったのですから。
後から知ったことだけれど、
本音は、"面白く変なやつ"を演じてるのは苦痛だし、
自分ではない。
でもゲイなんだからと"面白く変なの"が求められる、
そうしていないと受け入れてもらえない社会があることが嫌だと。
憤りどころの感情ではなかったはず。
年中俳優ですから。しかも嬉しくない役の。
ゲイであることを偽って生きてきたのが苦痛だったから、
カミングアウトして、自分で自分を受け入れたのにも関わらず
周りはそれを受け入れてくれないと。
私もその一人だったようです。ごめんなさい。
でも彼は私のようなウザイ存在に落胆するばかりでなく、
"自己"をしっかり持っていたこと、持とうとし続けたこと、
疑問に思っていたもの、受け付けられないものを横目に
理想とする自分に近づこうと努力したからこそ、今があるのだと、
そして今では、
良く変わっていく自分や環境の変化を楽しんでもいると。
彼や彼の周りの変化は目にみえて分かります。
"自分や環境が変わっていく変化を楽しめる"って
ノーマルでも簡単なことではないし、
それを私に限らず、周りの友人を引き込んで
ポジティブな環境を引き連れてくれる現実に感謝ですし、
彼が日本社会に戻ることがあった時には、
社会が変わっていたらいいなと思うばかりです。
パリという環境が彼を変えた、とも思う。
でも変わろうと、自己がしっかりしていたからこそ、
きっかけになったのだと思います。
"自分"を大切に、"自己をしっかり持つ"ということ
パリに来てから強く考えさせられました。
外見も中身も以前よりかっこよくなってしまった友人たち、
ゲイと公言しない限り、(ノーマル以上に?)かっこいい男たちであるので、
勘違い女に好かれるのが目下の悩みのよう。。。
(ある意味)同性である女性から恋愛的に好かれるのが嫌なの、分かるよ。
この続きは、次回!