『開目抄 上』(佐後)[曾存] | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

 但(ただ)し此の経に二箇(か)の大事あり。倶舎(くしゃ)宗・成実(じょうじつ)宗・律(りつ)宗・法相(ほっそう)宗・三論(さんろん)宗等は名をもしらず。華厳(けごん)宗と真言宗との二宗は偸(ひそ)かに盗んで自宗の骨目とせり。一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に秘してしづめたまへり。竜樹天親は知って、しかもいまだひろめたまはず、但我が天台智者のみこれをいだ(懐)けり。
 一念三千は十界互具よりことはじまれり。法相と三論とは八界を立てゝ十界をしらず。況んや互具をしるべしや。倶舎・成実・律宗等は阿含(あごん)経によれり。六界を明らめて四界をしらず。十方唯有(ゆいう)一仏と云って、一方有仏(うぶつ)だにもあかさず。一切有情(うじょう)悉有(しつう)仏性とこそとかざらめ。一人の仏性猶(なお)ゆるさず。而るを律宗・成実宗等の十方有仏・有仏性なんど申すは仏滅後の人師等の大乗の義を自宗に盗み入れたるなるべし。例せば外典外道等は仏前の外道は執見あさし。仏後の外道は仏教をきゝみて自宗の非をしり、巧みの心出現して仏教を盗み取り、自宗に入れて邪見もっともふかし。附(ふ)仏教、学仏法成(がくぶっぽうじょう)等これなり。外典も又々かくのごとし。漢土に仏法いまだわたらざりし時の儒家・道家は、いういうとして嬰児(ようじ)のごとくはかなかりしが、後漢已後に釈教わたりて対論の後、釈教漸(ようや)く流布する程に、釈教の僧侶破戒のゆへに、或は還俗(げんぞく)して家にかへり、或は俗に心をあはせ、儒道の内に釈教を盗み入れたり。止観の第五に云はく「今の世に多く悪魔の比丘(びく)有って、戒を退き家に還(かえ)り、駈策(くさく)を懼畏(くい)して更に道士に越済(おっさい)す。復(また)名利(みょうり)を邀(もと)めて荘老を誇談(かだん)し、仏法の義を以て偸(ぬす)んで邪典に安(お)き、高きを押して下(ひく)きに就(つ)け、尊きを摧(くだ)いて卑しきに入れ、概(がい)して平等ならしむ」云云。弘(ぐ)に云はく「比丘の身と作って仏法を破滅す。若しは戒を退き家に還るは衛元嵩(えいげんすう)等が如し。即ち在家の身を以て仏法を破壊(はえ)す。此の人正教を偸竊(ちゅうせつ)して邪典に助添(じょてん)す。高きを押して等とは、道士の心を以て二教の概(とかき)と為し、邪正をして等しからしむ。義是の理無し。曾(かつ)て仏法に入って正を偸んで邪を助け、八万・十二の高きを押して五千・二篇の下(ひく)きに就け、用(もっ)て彼の典の邪鄙(じゃひ)の教へを釈するを摧尊入卑(さいそんにゅうひ)と名づく」等云云。此の釈を見るべし。次上(つぎかみ)の心なり。
 仏教又かくのごとし。後漢の永平に漢土に仏法わたりて、邪典やぶれて内典立つ。内典に南三北七の異執(いしゅう)をこりて蘭菊(らんぎく)なりしかども、陳隋(ちんずい)の智者大師にうちやぶられて、仏法二(ふたた)び群類をすくう。其の後法相宗・真言宗天竺よりわたり、華厳宗又出来せり。此等の宗々の中に法相宗は一向天台宗に敵を成す宗、法門水火なり。しかれども玄奘(げんじょう)三蔵・慈恩大師、委細に天台の御釈を見ける程に、自宗の邪見ひるがへるかのゆへに、自宗をばすてねども其の心天台に帰伏すと見へたり。華厳宗と真言宗とは本は権経権宗なり。善無畏(ぜんむい)三蔵・金剛智(こんごうち)三蔵、天台の一念三千の義を盗みとって自宗の肝心とし、其の上に印(いん)と真言とを加へて超過の心ををこす。其の子細をしらぬ学者等は、天竺より大日経に一念三千の法門ありけりとうちをもう。華厳宗は澄観(ちょうかん)が時、華厳経の「心如工画師(しんにょくえし)」の文に天台の一念三千の法門を偸(ぬす)み入れたり、人これをしらず。
 日本我が朝には華厳等の六宗、天台真言已前にわたりけり。華厳・三論・法相、諍論(じょうろん)水火なりけり。伝教大師此の国にいでて、六宗の邪見をやぶるのみならず、真言宗が天台の法華経の理を盗み取って自宗の極(ごく)とする事あらわれをはんぬ。伝教大師宗々の人師の異執(いしゅう)をすてゝ専ら経文を前(さき)として責めさせ給ひしかば、六宗の高徳八人・十二人・十四人・三百余人並びに弘法大師等せめをとされて、日本国一人もなく天台宗に帰伏し、南都・東寺・日本一州の山寺、皆叡山(えいざん)の末寺となりぬ。又漢土の諸宗の元祖の天台に帰伏して謗法の失をまぬかれたる事もあらわれぬ。又其の後やうやく世をとろへ人の智あさくなるほどに、天台の深義は習ひうしないぬ。他宗の執心は強盛になるほどに、やうやく六宗七宗に天台宗をとされて、よわりゆくかのゆへに、結句(けっく)は六宗七宗等にもをよばず。いうにかいなき禅宗・浄土宗にをとされて、始めは檀那やうやくかの邪宗にうつる。結句は天台宗の碩徳(せきとく)と仰がるゝ人々みなをちゆきて彼の邪宗をたすく。さるほどに六宗八宗の田畠所領みなたを(倒)され、正法失(う)せはてぬ。天照太神・正八幡・山王等諸の守護の諸大善神も法味をなめざるか、国中を去り給ふかの故に、悪鬼便(たよ)りを得て国すでに破れなんとす。
(平成新編0526~0528・御書全集0189~0190・正宗聖典0077~0079・昭和新定[1]0761~0764・昭和定本[1]0539~0542)
[文永09(1272)年02月(佐後)]
[真跡・身延曾存]
[※sasameyuki※]