夫(それ)正像二千年に小乗・権大乗を持依(じえ)して、其の功を入れて修行せしかば大体其の益(やく)有り。然りと雖も彼々の経々を修行せし人々は自依(じえ)の経々にして益を得ると思へども、法華経を以て其の意を探れば一分の益なし。所以(ゆえん)は何(いかん)。仏の在世にして法華経に結縁(けちえん)せしが其の機に熟否(じゅくひ)あり。円機純熟の者は在世にして仏に成り、根機微劣の者は正法に退転して、権大乗経の浄名(じょうみょう)・思益(しやく)・観経(かんぎょう)・仁王(にんのう)・般若経等にして其の証果を取れること在世の如し。されば正法には教行証の三つ倶に兼備せり。像法には教行のみ有って証無し。今末法に入っては教のみ有って行証無く在世結縁の者一人も無し。権実の二機悉(ことごと)く失(う)せり。此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に、初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為(な)す。「是の好き良薬(ろうやく)を今留めて此に在(お)く。汝取って服すべし。差(い)えじと憂(うれ)ふること勿(なか)れ」とは是なり。乃往(むかし)過去の威音王仏(いおんのうぶつ)の像法に大乗を知る者一人も無かりしに、不軽菩薩出現して教主説き置き給ひし二十四字を一切衆生に向かって唱へしめしがごとし。彼の二十四字を聞きし者は一人も無く亦(また)不軽大士(だいし)に値(あ)って益(やく)を得たり。是則(すなわ)ち前の聞法を下種とせし故なり。今も亦是くの如し。彼は像法、此は濁悪の末法。彼は初随喜(しょずいき)の行者、此は名字の凡夫。彼は二十四字の下種、此は唯(ただ)五字なり。得道の時節異なりと雖も成仏の所詮は全体是同じかるべし。
(平成新編1103~1104・御書全集1276~1277・正宗聖典1011・昭和新定[2]1156~1157・昭和定本[2]1479~1480)
[建治03(1277)年03月21日"文永12(1275)03月21日""弘安01(1278)年03月21日"(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]