各々我が弟子となのらん人々は一人もをく(臆)しをもはるべからず。をや(親)ををもひ、めこ(妻子)ををもひ、所領をかへりみることなかれ。無量劫よりこのかた、をやこ(親子)のため、所領のために、命をすてたる事は大地微塵よりもをほし。法華経のゆへにはいまだ一度もすてず。法華経をばそこばく行ぜしかども、かゝる事出来せしかば退転してやみにき。譬へばゆ(湯)をわかして水に入れ、火を切るにと(遂)げざるがごとし。各々思ひ切り給へ。此の身を法華経にかうるは石に金をかへ、糞に米をか(替)うるなり。
仏滅後二千二百二十余年が間、迦葉・阿難等、馬鳴(めみょう)・竜樹等、南岳(なんがく)・天台等、妙楽・伝教等だにもいまだひろめ給はぬ法華経の肝心、諸仏の眼目(げんもく)たる妙法蓮華経の五字、末法の始めに一閻浮提(いちえんぶだい)にひろまらせ給ふべき瑞相(ずいそう)に日蓮さきがけしたり。わたうども(和党共)二陣三陣つゞきて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にもこへよかし。わづかの小島のぬしら(主等)がをどさんを、をぢ(恐)ては閻魔王のせめ(責め)をばいかんがすべき。仏の御使(おんつか)ひとなのりながら、をく(臆)せんは無下(むげ)の人々なりと申しふくめぬ。
(平成新編1056~1057・御書全集0910~0911・正宗聖典----・昭和新定[2]1572~1573・昭和定本[2]0961~0962)
[建治02(1276)年"建治01(1275)年"(佐後)]
[真跡・身延曾存]
[※sasameyuki※]