利他愛と自己愛
大我と小我
慈悲と無慈悲
若干の誤差があろうが、ほぼ同意語であろう。霊的真理では大我と小我を良く使う。何かをする時の動機が、大我なのか小我なのか自問自答して決めることが多いからだ。大我は悩まない、落ち込まない、怒らない、悲しまない。大我があるのは理性だけ感情はいらないのだ。
マイナスの感情は小我で、自分で自分を苦しめることとなる。
大我で利用者さんに接すると、悲しい事はない、苦しい事はない。
利用者さんの幸のために、仕事をしているに過ぎない。そこに自分の感情はいらない。
利用者さんには自己責任で判断し、生きていくことが前提になる。私はそのサポートをするに過ぎない。
他力本願や依存の強い利用者さんは、まずはその誤りを正して頂く。甘えは一切許さない態度で臨む。例外を作らない。しかし、このスタンスは全てではない。夢を持ちそのために努力を惜しまない人。その人にとって甘えは禁断の果実。私は絶対に与えない。
全ては障碍を持つ利用者さんのため。
その人に合った支援を、太陽のごとく、粛々を行うのみである。
利用者さんの中には、施設を居場所として捉えている人もいる。その人には、どうか甘えて下さい、どうか我儘を言って下さい。どうか、傷ついた羽を休めて下さい。と思うのです。