霊魂の法則
人は死して死なない。つまりたましいは永遠なり。死とはたましいの故郷への里帰り。
肉体も自然界からの借り物、あなたの所有物ではない。この世の苦労はたましいを成長させるための学びに過ぎない。
8つの法則の一番に最初に書かれている法則。死とは忌み嫌うものでも、永遠の別れを意味するものでもない。精神を研ぎ澄ませば愛する死者との触れ合いは生きている時以上に親密でいつでもできる。むしろ死後の方が濃密な関係になったりする。
津波に壊滅された町並みを惨状と見るか、浄化と見るか。どの立場の目線で見るかによる。人間界から見れば惨劇。しかし自然界から見れば浄化。残念ながら、我々人間は自然界に中で生かされている、健気な生物。それを忘れてはならない。自然を冒涜していないか、自然に対抗していないか。
カルマの法則
全ての出来事に偶然はない必然である。全ての出来事に原因がある。因果律の法則。
種を蒔き、太陽の光を浴びて、水の恵みを得て、芽を出す。
全ての結果にも原因がある。この震災も然り。人間への自然界からのメッセージである。それは大いなる反省と大きな修正を意味する。戦後の様な復興をしてはまた同じ結果をえるだけ。資源とエネルギーと未来の地球をしっかり考えて復興を進めて行かなくてはならない。
スピリチュアリズムの視点では死は不幸ではない。つまり生き残った人の方がむしろ不幸で学ぶが多い。ある意味この世で学ぶ課程を修了した人が、あの世に帰る。つまり残された人は、この世でまだまだ学びを積めと霊界からのお役目を頂いていると言ってもいい。
放射能漏れも我々の自己責任である。電気の生活を謳歌したのだから、そのカルマが返ってきたことに過ぎない。野菜も水も国が安全を言うならば大人は飲むべきだ。もしそれで病気になってもカルマを返しただけ。だれも責めてはならない。キリストが磔にされた様に国のカルマを背負って死ねるなら、それほど尊いことはない。
スピリチュアリストとして今、すべきことは「反省と愛の祈り」
地球に依存してきた、今こそ地球を癒す番だ、地球をヒーリングする。天然資源を節約する。祈り、内観の中で地球をイメージし、地球に寄り添う。
サンクチュアリの設立
表参道にオープンした。江原スピリチュアリズムの聖域、庵だ。スピリチュアリストを育成する施設でもあり、ボランティアの活動拠点にもなる。しかし真のスピリチュアリスト育てても江原さんは認定をしない。そんな資格は江原さんにはない。それは霊界が決めること。それぞれのフィールドで育成されたスピリチュアリストが活躍するため、そしてその輪がどんどん広がる事。スピリチュアリズムは信仰ではない。だから普及活動はしない。
ではどのようにスピリチュアリズムを広めるのか。それはスピリチュアリストの日々の行動であり発言である。故に江原さんの様に媒体を使うと広まりやすい。私の個人的な活動は本当に大海に一石を投じるようなもの。決してスピリチュアリストの名に恥じないような行動発言が要求される。
「これを学べば怖いものがなくなり、本当の幸せを手に入れられるよ」
言いたいが、言ってはならぬ、この言葉。