あんまり欝だ欝だって書くと、本気の欝の人に対して失礼だとは承知の上。
今の自分は軽度の欝だ。
今日はこないだの電気コードがネクタイに替わって自分の首を絞めていた。
ほんの軽い失神状態を何度か繰り返しては泣き散らかしていた。
無論、親にもバレた。
親には、本当に申し訳ないと思っている。
親の顔を立てたいと思う気持ちをも含んで、行政書士を無理やり選んだというのに、この有様。
結局は、親を逆恨みしている。
もう、全てを逆恨みしている。
そして、その恨みは全て自分に跳ね返ってきている。
どうにもならない焦燥感や、不安や恐怖が押し寄せてくる。
身の置き場が無いって言葉は、的を射ている。
どこに居ても、不安と恐怖が付きまとう。
自分の頭の中での出来事や妄想、想像、記憶に過ぎないというのに、まだ何か実体のあるものに怯える方が、精神的に楽だと感じる。
自分の頭は、いくらでも不安と恐怖を増長させる。
他人から見たら…
なんとかなる。
なるようになる。
だから気楽に。
って、そうやって親切に言葉を掛けてくれる。
とても有難いと思うし、助かる部分もある。
しかし、それでも救われないのは、結局は自分で解決するしか方法が無いからだ。
他人は、自分ではない。
手助けはできるかも知れないけれど、本当の意味では無力だ。
私だって、自分が他の誰かだとしたら、同じように言葉を掛けているだろう。
無理しないで。
思いつめないで。
ってね。
それでも、やはり私は私以外の誰にもなれないから、本人の辛さを想像できこそするけれど、辛さを実体験できることはありえない。
個体である以上は、無理なんだ。
自分はそう考える傾向が強いから、いつも一人で問題を抱えて、大きくしてしまっている。
支えてくれる人はいる。
友達、親、従姉妹、その他にも。
それなのに、満たされない。
自分が満たそうとしない限り、他人の力はその効果を発揮しない。
そう、自分に解決の糸口があるというのに、自らその糸口をふさいでしまっているんだ。
なんだか、馬鹿だなぁって感じる。
泣き喚いて、迷惑かけて、不貞腐れて、黙ってみたところで、現実は現実のままだ。
他人を不幸にこそすれ、何もいいことなんて無い。
マイナスばかりだ。
勿論、自分自身も同様だ。
前向きな人になりたい。
いつも笑って、何てこと無い、大丈夫、って、根拠の無い自信に満ちた人になりたい。
時々は、そんな自分も顔を出してくれるけれど、なかなかずっと居てはくれない。
ほんの些細な言葉や、出来事によって、大好きな自分はすぐにどこかへ隠れて、大嫌いな自分が顔を出してくる。
そしてなかなか帰ってくれない。
まだ、何も始まっていないというのに、どうして私はこうなのだろうか。
後悔したって、時間なんか戻りはしない。
失った選択肢が眩しく見えることなんか、誰だって人生上では経験することだろう。
なにも珍しいことじゃない。
それなのに、深刻に、思いつめている。
死ねたらいいのに、って、何度も思った。
それでも、死ねないのは、やはり甘えがあるからだろう。
ネクタイを首に巻きつけたところで、本当は死ぬ気なんか無い。
そうしている自分に酔っているだけだ。
同情や理解が欲しくて、抗議しているだけだ。
苦しいのは自分だけじゃないのに、視野が極端に狭くなっている。
私は、苦しんでいる人に、多分、何もできやしない。
せいぜい声かけたり、話聞いたり、何か自分ができる欲求に応える程度だろう。
死のうとしている人に、死ぬなとも言えないだろう。
超えられるハードルの高さは、それぞれ違うのだから。
明日でも、明後日でも、もっと先でもいいから、一日を気持ち良く、生きてて良かったと感謝して終わりたい。
久しく、そんな一日を迎えていない。
なんだか、恥ずかしいオナニーブログになってしまった…。
こういうのはチラシの裏に書けよな。
私のバカ! クズ! イモ! ズタ袋!!!!



