今日は「ナルシスト」でいくよ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校球児にとっての「聖地」

といえば、「甲子園」ですが、

県予選を勝ち抜けなかった多くの

高校球児にとっての「思い出の地」は、

県予選を戦い、敗れた「地元の球場」

となるでしょうか。

 

私にとっての「思い出の地」が

あさって、9月22日をもって閉鎖、

取り壊される、というニュースを聴きました。

 

調べてみると、昭和22年に完成した

「思い出の地」では、プロ野球公式戦が

7回も行われ、また、高校野球の試合でも

オールドファンにはおなじみの星野仙一や

平松正次が甲子園出場をかけて

私の地元の高校と試合をしたという

記録が残っていました。

 

「思い出の地」で夏の県予選が行われた

最後の大会が私たちが高校3年生だった

1986年。

この年以降の夏の県予選は、1990年に

完成した新球場で開催されています。

 

この世に生まれて18年間想い続けていた

「聖地」に立つことが叶わなくなった現実を

突きつけてきた「思い出の地」。

当時、人生最大の挫折とさえ感じられ、

もう2度と行くことはない、と誓った、

あの、忌々しい「思い出の地」。

 

数年前、「球場が亡くなる」という噂を聴いて

(また、あの場所に、あのグランドに立ってみたい)

という気持ちが、むくむくと膨らんでいきました。

(噂は、噂だ。亡くなるわけがない)と

思い込もうとしましたが、それは

とうとう現実となってしまいました。

 

そんなある日、「球場無料開放」の

ニュースが飛び込んできました。

その日が今日、9月20日でした。

 

あの時に観た景色とその地の空気を

しっかり胸に刻んでおこうと車を走らせました。

 

スコアボードの奥の山は、城跡。

取り壊し後、この球場は城跡公園に

なる予定です。

 

左バッターでした。

公式戦の打率は3割3分3厘、

練習試合を含めると3割1分

ぐらいだったと記憶しています。

 

 

一塁線上、ライトスタンドには

城壁が残っています。

まったく覚えていません。

それだけ試合に集中していた

ということでしょうか。

 

守備はセカンド。

守備範囲は恐ろしく狭かった(苦笑)

でも最後の試合のTV放送では

動きを褒められていました。

その時のビデオは今でも宝物(笑)

 

セカンドベース。

相手打者やアウトカウント、

配球や塁上のランナーなど、

試合の状況に応じてベースとの

距離感はいつも考えていました。

 

グランドは黒土ではありませんでした。

 

思わぬ再会でした。

学校は違いますが、

練習試合で一度だけ闘ったことのある

同級生です。

 

facebookの交流はありましたが、

まさか来ているとは思いませんでした。

 

ユニフォーム着てる分、きっと

私より野球愛が強い人です(笑)

 

 

 

最後は球場外の横断幕の前で。

 

 

行ってみて良かった。

「思い出の地」への想いが

浄化されたような気がしました。