ネット空間の倫理について
書いてみたいと思います。
世間体、ご近所を意識して
自分のふるまいを律していく
日本人にとって、ネット空間のなかで
倫理的なふるまいをすることは
大変困難なものであると感じます。
ネット空間のなかでは現実世界としての
世間を気にすることは、まずありません。
近所の目を気にする必要がありません。
そして何でも自由に表現することができます。
リアルな付き合いのなかでの
(こんなこと言ったら嫌われるんじゃないか)
(これをしないと迷惑かけるかもしれない)
などといったブレーキの利きは
どうしても甘くなりがちです。
リアルな人間関係の中での摩擦を
経験しながら磨くことで、日本人は
倫理観を構築しているのかもしれません。
これが一神教を信仰している人なら
自分の行動は常に「神」に見られているのだから
たとえ密室でネットで誰かを罵倒しようとしても
「神」はお見通し、だからそういうことはしない
という感覚ではないかと思います。
多くは匿名で情報を送受信ですしね。
どこの誰かなど、ますます特定できません。
等身大の自分を見せる必要などなく、
自分を賢く見せることも、魅力的に見せることも
可能です。いわゆる「盛る」ことができます。
「私をこんな風に見てほしい」という
承認欲求を、私もこのブログで満たしている
ことは否めません(苦笑)
こうなれば人間のなかの獣的な部分が
どんどんあふれてくるのは当然です。
抑えが利かなくなるのです。
一例をあげると、自分の優越感を満たすために
特定の人間を「差別する」という行動に出る人がいます。
ネットで誰かが叩かれていたら、それに共感して
一斉に袋叩きにしてその人を再起不能にしてしまいます。
最近、あるTV番組での
レスラーの行動に反感を持った人たちが
執拗に批判して自殺にまで追い込んだ、
ということがありました。
追い込まれていくレスラーの気持ちなど、
まったく理解しようともせず、自分の行動を
誰かに批判される危険性も感じることなく、
ただただ、自分の欲や間違った正義感をかざし、
相手が自殺したことで、ようやく事の重大さを
認識し、やばいと思ってアカウントを消していく。
こんな卑怯なことをしてしまうのが
倫理という重石(おもし)を外された
人間が行うことなのですね。
もちろん、私もそんな人間の一人なので
これを他山の石としなければいけません。