あろうことか、一人暮らしをしている長男が

インフルエンザに罹り、木曜日の夜から

わが家に戻ってきました。

仕事が休みでも一人暮らしが快適なのか、

ほとんど戻ってくることはありませんが、

戻ってくると必ず酌み交わす晩酌が楽しみで、

例えインフルエンザだったとしても

(お兄が帰ってくるのか)と、

ちょっと嬉しい気持ちになりました。

 

ところが、やはり、当たり前ですが、

インフルエンザの長男は晩酌ができる体で

あるはずがありません。

自分の部屋にひきこもり、据え膳・据え箸、

スマホとTVとDVDで、部屋から出るときは

トイレに行くときだけ、という生活でした。

まあ、自分も移されないように

引きこもってもらったほうが良いのですが。

 

長男が隔離されている間の給仕係は私の妻。

私も週末に研修会の講師を承っていたので

移ってはいけないということで、

長男の用事はすべて妻が対応していました。

 

だけど、家族の中でそういう人が1人いると、

まわりの家族の歯車も狂ってくるわけで、

いつも7分の1ぐらいの家事を担っている私にも

7分の2ぐらいの分担が回ってきたのでした。

つまり、ふだん妻がやっている家事の一部が

私に回ってくるのです。

ほんとにちょっとしたことなので、

「いちいち愚痴るなよ」と言われそうですが、

痛感したのが朝。ゴミ出し、皿洗い-片付け、

夕食の米とぎ、洗濯物、ストーブの灯油補充など。

 

長男さえいなければこれらの家事は

妻と分担するのですが、

長男に手が取られるために、

その分私がやることが増えてしまって、

家を出るのが、いつもより5分は遅れました。

 

たかが5分、されど5分。

けっこうストレスに感じました。

 

そこで感じたのが、

家族に手のかかる者がいれば、

そのしわ寄せは健康な者に

かかってくるという厳然たる事実。

つまり、要介護者がいる家は、

多かれ少なかれストレスを

抱えているのだということ。

 

介護することが介護者の生活の一部に

なっていれば感じ方も違うのでしょうが、

ぽっとイレギュラーに入ってきて、

リズムが乱れると本当に大変です。

 

もっとも、長男の場合は

食事の配膳程度で済んだんですが、

食事や排泄の介助まで

しなくちゃいけなくなると。

ましてや、長男の要支援状態は

インフルエンザ完治とともに

終焉を迎えたわけですが、

1年も2年も3年もそういう生活が

続くとなると、一緒に住む健康な者たちは

いったいどんな心理状態で過ごすのだろうか、

と考えてしまいました。

私が仕事で関わっている家族のみなさんは

そういう気持ちで毎日を過ごしているのだろう、

と思った週末でした。