なぜか、惹かれて読み始めた
「現代霊性論」。発行年は少し古く、
現在は文庫になっているような本ですが
(やっぱり読書しないといけないな…)と
思わせられました。
現在、途中までしか読んでいないのですが、
書き留めておきたいことを紹介します。
まず、(霊)(霊的)というものとは
どんなものであるか、ということをお話し
したいと思いますが、
工事を行う前に地鎮祭を行うなど、
目に見えないもの、感じないものにも
(神)とか(霊)など、何かの力が
働くことを信じて私たちは生活しています。
人が亡くなったときに葬式をしないわけには
いきませんし、風水でインテリアを変えたり、
どこどこにパワースポットがあるって聞いたら
行かないわけにはいきませんよね?
それって、「目には見えないけど、
なんとなく幸福が舞い込んできそう」って、
思っているという証拠じゃないですか?
言葉だって「言霊(ことだま)が宿る」と言われて、
不吉な言葉を言わないようにしたりだとか
するのも、(見えない力)が働くんだと
私たちは思っているからだと思います。
医療や介護の世界でも「スピリチュアルケア」
という言葉があって、人間の生活に
(霊的)なものは切っても切り離せないものです。
現実の生活で何かうまくいかない。
自分の存在がフワフワと落ち着かない。
何を心の拠り所としていいのか分からない。
恐ろしい、悲しい、不安、焦り…などなど。
そういった精神状態のときに
(霊)(霊的)なものに頼ろうとする
心理状態が生まれやすくなります。
その受け皿のひとつとして、
「宗教」というものがあります。
そして、この「宗教」というものには
教団というものを作っておこなう
「教団宗教者」というものと
教団をつくらない「民間宗教者」
というものがあるんだ、と
本には書いてありました。
私たちは、「宗教」と聞くと
すぐに「教団」の宗教を思いつくと
思いますが、心の拠り所を見つける
には、教団に所属したり信仰を
しなくても、民間宗教者を拠り所にする
方法もあるわけです。
とまあ、いつものように前置きが
長くなってしまったので続きは次回^^
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