(前回は>>>こちら。)


「元気なあいだは何かしてやりたい」と

思う気持ちは、もしかしたら日本人独特の

考え方なのかもしれないなあ、と思います。


では、それに対してどうすればよいか、

ということを書こうと思います。


…と思うのですが、自分の中でぐるぐる

いろいろなことを考えると結論めいたものは

思い浮かびません。


「元気なあいだは何かしてやりたい」と思っていても、

アンチエイジング のところで書いたとおり、

いずれ歳を取って、できなくなる時がきますしね


だから、歳を取ったら「ご苦労さん」ということにして

ゆっくりしてもらうという、中国・韓国的な構えに

なることのほうがお年寄りには良いと思いつつ、


しかし、もともと勤労意欲の高い日本人が

いち、にの、さんで、全員そうなるのは難しい

と思っています。

それが日本人の国民性ですから。


若い人たちは知らないでしょうが、

今でこそ週休2日制が当たり前になっていますが、

私が学生の頃は、土曜日は「半どん」といって、

土曜日の午前中は仕事をしていましたね。


日本の高度経済成長期の頃は、経済が強すぎて

諸外国から「日本人は働きすぎだ、もっと休め」

と言われて、休みをたくさん作って内需拡大しろ、

なんてことも言われていましたよね。


子供心に「一生懸命働くことがなぜ悪いの?」と

まったく理解不能だった覚えがあります。

子供でもそういう考え方が浸透してるんですから、

日本はそういう国民性なんですよ。


それを転換することは、どう考えても難しい。

それならば、やはり結論は…。




やはり日本人は「仕事が大切」なんだと思います。

仕事という役割を通して「誰かの役に立ちたい」と

いう欲求を満たすのです。

「仕事が自己実現の手段」の国民性ということかな?


ですから、「仕事を通じた役割」というものを

本気で大切に考えて支援することが重要になってきますし、

それが日本人にとっての「幸福」なのでしょうね。


あ、仕事と言っても、賃金が得られるようなもの

ばかりではない、のは言うまでもないですね?


そのためにも、まずは高齢者自身が

自分のことは自分でできる「身体的自立」を

維持することが大切です。

それがないと、「誰かの役に立つ」ことは

できませんもんね。


ただ、アンチエイジング で言ったとおり、

永遠に「身体的自立」を臨むことはできませんから、

介護が必要になったとしても「誰かの役に立っている」、

そういう存在になれるといいですね。


この前書いた100歳のおばあさん の話ではないですが、家族は

「こんなに長く生きてくれた。ああ、ありがたや、ありがたや」と

ただ無条件にありがたく思う気持ちがあると、

お年寄りは楽ですよね。


そうすることが儒教の教えでしょうね。

「長幼の序(ちょうようのじょ)」というやつですね。


中国や韓国にはそういう素養が備わっているのかな?

備わってないのかな?




ほら、やっぱり中途半端(苦笑)

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