今日は老人ホームのショートステイを

利用している久保さん(仮名)のところへ行きました。


でも、今日の久保さんは「しかめっつら」でした。


「田中さんか。おれは帰りたいわ」と、

顔を見るなり、嘆きました。


ケアスタッフさんから聞いた話では、

他の利用者さんとトラブルがあったとのこと。


鼻水を流して訴える久保さんを前に、

私はその場を後にする事ができなくなりました。




久保さんの家族は妻と息子の3人。


ところが、3ヶ月前に妻が急死し、

息子さんと2人の生活になり、

今まで妻がしてきた介護を、今度は

息子さんがすることになりました。


息子さんの仕事は漁師。

夜沖に出て、朝戻ってくるという生活サイクルでは、

久保さんの世話をすることはとてもできません。


そのために、久保さんは老人ホームに

空きが出るまでショートステイを利用する

ことになりました。


(いつもは、元気にあいさつしてくれる久保さん。

よっぽど、気分の収まらないことがあったんだな)

と、思いながら話を聞いていると、そこへ

ちょうどたまたま、息子さんがやってきたのです。





久保さんのしかめっつらを見た息子さん。

…苦笑いをしていました。


「ときどき、情緒不安定になるけえな~。

こら、長くなるぞ~」。


息子さんも長期戦を覚悟したようです。




息子さんの姿を見つけた久保さんは、

さっき以上に声を張り上げました。




「早く、おばあのところへ行きたいわあ」


「そんなこと言うなや。そんな顔しとると、

おばあが怒りに来るで。」


「じゃあ、連れて帰ってごせ~。」


「そんな顔しとったら、よう連れて帰らん。

笑った顔じゃないと。」




甘える久保さんに、顔を近づけて

さとす息子さん。

母親似の息子さんの表情が、

亡くなった久保さんの奥さんに見えました。


(奥さんが生きていたときも

こうやって、さとしていたところを

何回も見たなあ)と、思い出しました。




耳が遠いうえに、訴えはじめると、

まったく相手の声が聞こえない久保さん。


息子さんは(しかたないなあ)という

顔をしました。


「だいたい、おまえが帰るときは魚を用意しとくだけど、

今朝、ぜんぶ市場に出しちゃったけ、なんにもないぞ。」


そう言って、息子さんは数日連れて帰ることを

決めました。


「こっちの居心地がよくて、家に帰ると、すぐに

「(ここに)戻る」って、わがまま言うですわ」。


そう言って笑うと、息子さんは

久保さんを連れて玄関に向かいました。



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