さて昨日は、家族と利用者との関係を
少し整理していきました。
難しいのは②-②の介護関係が発生していない昔から、
いがみ合っているような家族だと申しました。
こんな関係だったら、いっそのこと施設に入って
ストレスのない生活を送ってもらうほうが
よっぽどお互いのためだ、と思ったりするのですが、
そんなことは口が裂けても言えません(苦笑)
それでも家族が在宅生活を選択されていることに
頭が下がる気持ちです。
虐待等が考えられる場合などは、もちろん別ですよ。
ただ、ひとつだけ、心配することがあります。
こういう家族関係の中にいるご本人がどんなサービスを
受けているか、ということは全く関係ありません。
反対に、「顔も見たくない」というおじさんが元気を取り戻し、
長生きしようものなら、家族は苦情を言ってくるかも…。
ま、ちょっとオーバーかもしれませんが…^^;
前の記事で、「元気になるケアの方法論を持たない、
質の低いサービス事業所はつぶれるのみ、です」
と書きましたが、それはあくまでも、
「元気になって欲しい」と願う家族がいることが
大前提になる、と考えます。
「元気になって欲しい」と願わない家族、
「もう死にたい」と思っているご本人。
そういった中で提供されるサービスは
どんな質だろうが問われない、
ということではないでしょうか。
つまり、何が言いたいのか、というと、
「いくら質の低いサービスを提供しようとも、
つぶれない要素が介護サービスにはある」
ということです。
繰り返しになりますが、「顧客は家族」と考えると、
「元気になって欲しい、長生きして欲しい」という
気持ちのある家族であれば、当然ケアの中身が
問われてきます。
しかし、「どうでも良い、顔も見たくない」という
家族であれば、提供されるサービスがどんなもの
なのか、関心が持たれることはありません。
いや、サービスを使う気があるだけでもまだ
マシな方かもしれません。中には、
(1円も使いたくない)と考える人も
いらっしゃいますからね。
それに比べると「保育」の世界は、
顧客である家族の気持ちはだいたい
ぶれませんよね。子供が保育園で
どんな風に過ごしているか、
どんな保育サービスを受けているか、
きっと、気になって、気になって、
気になっているに違いありませんよね。
その違いが、介護サービスの難しいところだな、
と思っています。
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問題のレポート、
『誰も語らなかったケアマネジメントの”根っこ”補強版』