「なぜ、認知症症状に違いがあるの?」
では、皆様から多くの反響をいただき、驚きもあり、嬉しくもあり、疲労もあり(笑)です。
皆様の濃いコメントに、ご返事するのは本当に疲労しますね。
しかし、皆さん。認知症には大きな関心がおありとともに、「認知症のことは私におまかせください」みたいな方が多いのだと思いました。
いや、別にイヤミじゃないんです、本当に。
そのおかげで私も思考を深めることができますし、こうしてブログのネタにもできる(笑)
私にとって一石四~五鳥みたいなことでした。
さて、コメントの中で考えたことなんですけど、もしかしたら、若干ずれるかもしれません。
認知症に絡めた話にはなるんですが。
私の認知症についての見解は、今のところ、「分からない」という立場です。しかし、分かりたいために、いろいろな視点で見ていきたいと思っています。
そういうことで、私が「認知症の疾患のことをよく知らないんじゃないか」というご指摘には、「もしかして、そうかもしれないな」と、我が身を振り返っています。そういう刺激をいただいて、有り難い気持ちです。
でも、譲れないところ、というか、私の理解では及ばない範囲のものがあります。それは、「脳の研究が進めば、認知症の原因や治療法が分かる」というのは、いずれ行き詰まるだろう、という考えです。
「認知症は脳の病気です」、「認知症の疾病の部分をもっと知るべきだ」という立場の方も、保険的に「人生歴や人間関係をアセスメントする必要がある」とつけ加えてはおられますが、それが「脳の疾患や障害とどうつながるのか」ということを言わなければ説明がつかない、論理的ではないと思っています。
また、「もとは脳の病気から始まって、生活歴などの関係で徘徊などのBPSDが出るんだよ」という説明は、「生活歴との関係で」と言った時点で、脳が原因ではないと言っているのです。
この矛盾が私には理解できないのです。
さて、話は戻りますが、私が、なぜ「脳の研究が進めば、認知症の原因や治療法が分かる」のが行き詰まると思うのか。「分けても分からない」というものがあるからだと思うのです。
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