福田吾朗さん(仮名)が退院したその日、私は吾朗さんの家へ行った。
迎えてくれたのは、同居している吾朗さんの息子と息子の妻である。
吾朗さんの家は、妻と息子夫婦の4人家族である。
3人で話をした。
私は1週間のサービス計画書を見てもらいながら話し始めた。
「この曜日からこの曜日までショートステイで。この曜日と、この曜日は自宅でサービスを受けましょう。もし介護が続けられなくなったら、ショートステイを長くすることもできます。」
息子はうんうんとうなずき、「少しずつ慣れていってもらって、お手上げになったら施設で面倒みてもらうか。」と言った。
「奥さんはどうですか?」
「私はどっちでもいいです。言っても聞いてもらえないし。」息子の妻はそう言った。
「そうですか。あのおじいさん、なかなか自分の意に沿わないことは聞かれませんからね。」
「そうなんです。私の言うことは何も聞いてくれませんから、私も言うのが辛くなって。カッカして胸のあたりが苦しくなるんです。だから、もう何も話さないようにしているんです。」
妻の言葉は、吾朗さんへの憤りで感情が高ぶったのか、声が震えていた。
息子は目をつぶって話を聞いていた。
多分そうだ。きっと。たぶん。
吾朗さんの妻と息子は吾朗さんを家で看ても良いと思っている。
でも、息子はその気持ちを心の隅にしまい込んでいる。
遠慮しているのだ。
自分の妻に気兼ねがあるのだ、きっと。
今まで吾朗さんから息子さんの妻、つまりお嫁さんへのグチをたくさん聞いてきた。
特に、“仕事ばかりで家のことをしてくれない”という話をしていた。
「自分は何も出来なくなった。おばあさんや息子はそのことを気にかけてくれるのに、あの嫁だけは…」という吾朗さんの話を何度も聞いていた。
そんな話を聞いているケアマネジャーは、どうするか。
「家族の中に悪者を作るな」。こんな言葉を研修会で聞いたことがある。
どんなにいがみ合っても、同居を続けている家族。本意ではないかもしれないが一つ屋根に暮らしている家族だから、それだけでも救われるということだ。
「始めから“悪い嫁になってやろう”っていう嫁はいないしね。」これは私の上司の言葉だ。
つい、「介護を手伝ってあげたら?」と言いたくなることもある。私とお嫁さんとの人間関係ができていたら、そういう言い方も出来るかもしれない。でも、お嫁さんが吾朗さんの介護をするかしないか、というのは、吾朗さんとお嫁さんが長年培ってきた関係が大きく左右する。
別なケースでは、お嫁さんが手を貸そうと思って遠慮していることがあり、そういうときは背中を押してあげることもあるが、今の様子では吾朗さんもお嫁さんもおたがいが近づきたくないと考えていない以上、無理強いする事になるのだろう。
帰り間際、お嫁さんが玄関まで送ってくれたので、こんな風に言ってみた。
「奥さんが家で看ることを反対されなかったこと、息子さんも感謝しておられると思います。大変かもしれませんけど、いつでも相談にのりますから。」
お嫁さんは「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と言われた。
さて、これで振り出し。
ここから再スタートです。
(終わり。)
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