午前10:00ちょうど。妻と次男がやってきた。

やって来たその場所は、岬病院(仮称)の3階病棟。

10分前に来た私は、耳の遠い福田吾朗さん(仮名)に呼びかけていた。



吾朗さんは88歳。10年前に最初の脳梗塞を患って、それ以来、3回病院に担ぎ込まれた。左麻痺の具合は、はたからみたら分からない程度だが、吾朗さんにとっては暮らしにくいことは確かで、着替えはいっさい妻まかせ。妻のほうも「自分でしなはれ(自分でしなさい)」と言いながらも、つい手伝ってしまう。

着替えだけなら良いが、「背中が痒い」、「腹が減った」、「腰をさすってくれ」など、昼夜関係なく、妻に世話を求める。



妻も88歳。自分も腰が曲がっていて、5年前には大好きな畑仕事を辞めた。若い頃は働き者で、吾朗さんの言うことを何から何までしてくれるので、吾朗さんも甘えてしまうのだ。



でも、そうできるのも限界だった。



妻も高齢のためからか腰のほかに膝を悪くし、要介護認定を受けた。要支援2だった。

「おじいさんの面倒は見れん」は口ぐせになっていたが、どうにかこうにかやっていたが、今回の入院を機に「自宅には連れて帰れない」という判断を下したのだ。



今日は吾朗さんに、施設に入ることを伝える日だった。



妻と次男は自宅で打ち合わせをしていたのか、次男に進められて妻が吾朗さんの寝ているベッドに近づいた。

吾朗さんも妻の気配に気づき、横にしていた頭を持ち上げた。



妻は言葉を選んでいる様子だった。

何度か話しかけようとして、ためらって言葉を飲み込んでいた。



「自宅には連れて帰れない」と妻が言った、と聞いたとき、私は「妻は吾朗さんに、そのことを言えるだろうか。」と思っていた。

自分の体調が良くないことは自分自身が一番知っており、それでもなお、献身的な介護をしていた妻が、吾朗さんに言えるだろうか。吾朗さんにかかる世話は入院前とそれほど変わらないからだ。



「自分がもう少し頑張れば、おじいさんは家で暮らせる」。



妻は土壇場でそんなことを考えるのではないか。そう思ったのである。




(続く。)


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