父親が主治医に相談をしました。
「助かる命だったら、助けて欲しい」と。
主治医は言いました。
「私だって助ける命は助けたい、という気持ちです。でも、それは3人で話あってください。」
数日後、両親と少女、主治医が集って話し合いが行われました。
主治医が少女に話しかけます。
しかし、少女の答えは「透析しないって気持ちは変わりありません。」
そばで聞いていた父親は、
「生きていると、きっといいこともあるんだよ。」
「辛いことばかりじゃないんだよ」
「はっきり言って、死んだら終わりなんだよ」
「やっぱり可能性を伸ばしたいんだよね…」
と、涙しながら訴えました。
それに対して、少女が打った文字は…。
「もう決めたことだから、言わないで。」。
8月に入り、少女は肺炎を起こしました。
吸引する管も入らなくなりました。
そして、9月半ばに息を引き取ります。
少女は、両親に手紙を残していました。
その内容は、最後に3人で行った旅行がとても嬉しかったこと。
それより何より幸せだったことは、病院で過ごすことなく、家で普段の生活を送ることができたこと、でした。
両親はたった1人の娘を亡くして、今どんな気持ちでいるでしょう。
インタビューでは、「よくやったと言ってやりたい」「ほめてやりたい」と言っていましたが、でも、どうなんでしょう。
延命治療、私の考えはやはり否ですが、ただ単純に否という結論に達するのは、そして自分の身内にそういうことが起こったときに、やはり、同じように決断できるかなあ、と思ったのです。
(終わり。)