一昨日でしたか?TVのチャンネルをパチパチしていたら、NHK「クローズアップ現代」で「延命、ある少女の選択」というタイトルの番組に目が止まりました。



私も仕事がら延命というものには強い関心がありますし、それが高齢者ではなく少女であることに、興味を引かれたわけです。



少女の延命とは?そして、その少女はどんな選択をしたのか?



少女は生まれつき重い心臓病を患い、8歳の時に心臓移植をしました。さらに背骨が曲がる病気のために呼吸がしにくくなり、15歳で人工呼吸器を装着します。しかし、それとひきかえに声を失いました。

人工呼吸器を装着してからは痰の吸引を1日に何回も行わなければいけません。それも自分の手で。でも、少女は来る日も来る日も、その作業を行います。

そして、少女は大半の時間を入院生活で過ごしました。



それでも、やがて少女は両親とともに在宅生活を過ごすことになります。両親と私の3人の暮らし。重い病気を抱えてはいますが、穏やかな日常を過ごしました。



しかしその頃、少女はある決断をしていました。



それは、「次に何かあったときは延命治療は行わない」ということ。



NHKのスタッフが少女に問いかけます。

“死ぬのは恐くないの?”



その問いに、少女は携帯に文字を打って答えました。

「天国はお疲れ様の場所だから」

「終わりだけど、終わりじゃない」

「心は残るから恐くない」と。



それを見て、私は思いました。

“やっぱりそうだな”って。



遠い過去記事に臓器移植の話 を書いたことがあります。

命は大切なものだけど、無理に伸ばすことが本当に幸せにすることなのか。

医療は進歩していて、助からない命も助かるようになってきている。

でも、それは諸手を挙げて喜ぶべきものなのか、と。



ただ、自分自身がそういう境遇にいないので、それが自分の身に降りかかったときに、やはり同じように思えるか、ということには自信が持てませんでした。



でも、少女はこんなことも言ったのです。

「命は長さじゃないよ、どう生きるか、だよ。」と。



少女はすでに、“死ぬこと”、“生きること”を悟っているように思えました。



少女の決断。

「次に何かあったときは延命治療は行わない」ということ。


その“次”は、少女が18歳の春にやってきました。


(続く。)



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