今日は私の恥ずかしい話…。
記事にするには忍びないのですが、戒めのためにもここはひとつ…。
2週間ほど前でした。私が担当するある利用者さんが亡くなりました。年齢は60代前半、糖尿病による合併症が原因でした。
もちろん介護されている奥さんも、まだお若い60代。「1日も長く生きて欲しい」とご主人の介護を献身的にしておられました。
私は自分の担当している利用者さんが亡くなった後、お線香を上げさせていただくようにしています。そのタイミングなんですが、亡くなってすぐだとバタバタされていることが多いので、一段落して落ち着いた頃にお伺いするように、と考えています。ご遺族もその頃は日常に戻る時期だろうと思います。また、その頃は寂しさを少しずつ実感される時期ではないか、と思って。その頃にお伺いすれば話をゆっくり聞いて差し上げられるのではないか、という私なりの配慮なのですが…。
そうして、今日の夕方ご挨拶に伺おうと思っていたところでした。
奥さんが今日の午前中に事業所へご挨拶に見えました。
他の仕事をしてバタバタしていた私は、机を離れて奥さんの前に立ちました。そして、「わざわざおいでいただきまして…」の次に、口をついて出た言葉が、
「今日、ちょうどそちらに行く用事があって、ご挨拶に伺おうと思っていたところでした。」だったのです。
言った後で(しまった。)と思いました。
「今日、ちょうどそちらに行く用事があって」が、余分だったのです。
これでは、そちらに行くから“ついでに”という意味が含まれてしまいます。
奥さんは特に顔色を変えられるようなことはありませんでした。
もしかしたら、気にならなかったかもしれません。
気になっても、気にしないようにされたかもしれません。
そんなつもりはなかったのに…、と思いました。
でも、もしかしたら“そんなつもりだった”のかもしれません。
そちらへ行く“ついでに”、お線香を上げてお悔やみするポーズを取りたかっただけなのかもしれません。
こういうのを「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」と言うんでしょうね。
年間、何人かの方が亡くなられます。
お線香を上げさせていただくのが、ある意味、習慣になっているかもしれません。
習慣は、感情を麻痺させるのかもしれません。
こんなことでは、奥さんの寂しさや辛さを共感して差し上げることはできないでしょう。何のためにご遺族の家へ行って、故人を慰めるのか。
慣れてしまってはいけないと思いました。