病院の看護師さんから、病状のこと、入院中の生活の様子を聞いた。
高齢なので足がだいぶ弱ってきている、ということ。慢性的な病気はなく、トイレも間に合わない程度で尿意もある。ただ、食事や水分管理が難しいだろうということと。
掃除や洗濯も長い間してなかったから、やり方を覚えているだろうか、という不安。
そして、入院中に頻繁だった帰宅願望。思いついたら、夜中だろうが、なんだろうが「家に連れて帰れ。連れて帰らなかったらタクシーで帰る」と、言うことを聞かないのだった。
もし自分の家だと認識できなかったら、自宅にいても自分のイメージしている自宅へ帰ろうとするだろう。これはどうなるか、帰ってみないと分からない。
さらに、今までサービスを受けていなかった人が受け入れることができるだろうか。
ヘルパーが訪問しても「おまえは誰だ、何しにきた。」、デイサービスが迎えに行っても「俺はそんなところには行かん。」おそらくそうなるだろう。
なにしろ、長い間、たった1人で生きてこられた人だ。そんな自由な生活を今からごろっと替えることはできないだろう。
病室に行ってみた。村田さん(仮名)は寝ていた。
村田さんは看護師さんに話しかけられ、後ろに立っている私の顔をギロッと見た。さすがに米寿だけあって顔中シワだらけだが、髪はきれいな白髪、鼻筋もピーンと通っていて高く、目は大きくぱっちり。
今風に言えばイケメンだっただろうことは、容易に想像できた。
「始めまして、村田さん。よろしくお願いします。」
村田さんは、きょとんとした顔をしつつも、“一応頭だけは下げてやろう”という感じで軽く会釈した。
「村田さん、これから家に帰れるみたいですけど、退院されたあと、いろいろと相談にのりますからね。」
「いいや。近くに富田さん(仮名)や、弟がおりますけん、心配せんでも大丈夫です。」
……………。
「ご飯とかはどうしますか?作れる?ヘルパーさんに来てもらわなくてもいいですか?」
「それも大丈夫。冷凍庫にご飯をラップに包んで、魚も干したのを冷凍にしとりますけん、簡単に食べられます。」
「家に帰っても、心配なことはない?」
「はいはい、近所の人がよくしてくれますけ。何かあったときは富田さんもいるし。」
やっぱなあ。
ああ、これ以上、話が続かない。
「そうですか?分かりました。また、来ますから。」
「はい、どうぞ。」
これは、なじみにならないと言うことを聞いてくれないなあ。
弟さんや近所の人がサジを投げるのも無理はないな。
さあ、どうしようか…。