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さて、ブータンのお話が終わったところで、いよいよ「人間にとって幸せとは何か?」の答えを述べたいと思います。
…なんてえらそうに言っても、それを特定することはムリだよ^^;
なにしろ、幸福度調査でも「あなたは幸せですか?」→“はい”or“いいえ”ですから、「幸せかどうか」というのは、誰かに決められるというものではなく、自分の考えひとつなんですね。
ただ、「それでおしまい」では、今まで記事を読んでくださって人に申し訳ないので、このシンポジウムにパネリストとして登壇された関西大学教授の草郷孝好氏のお話を基に考えていきましょう。
草郷氏の研究されているテーマは「人がもとめる“豊かさ”」で、そのひとつとしてGNH、ブータンの研究をされているそうです。
先生の話された結論では「経済」、「健康」、「良い人間関係」であるということでした。そして、「良い人間関係」の中身は社会の中に役割があること、と話されました。
これを私なりに解釈していきます。まずは「経済」。
経済的に不自由のない程度の経済力は必要でしょう。そういう意味では、戦後、何もない状態から経済を中心に人々の生活の豊かさを求めて歩んできたことは間違いではなかったと思います。
ただ、経済的に豊かになることと人々の幸せとは、ずっと比例するものではなかった、ということです。その証拠が1984年を境に、経済は成長しても幸福感は下がっていった、という事実です。
次に「健康」。生物の本能の部分にあたるでしょうか、「生きる」ということは。その欲求を満たすため「健康」であること、それによって「寿命が延びること」、このことは生物としての望みなのでしょう。
しかし、これについても、誤解が生じないようにしなければなりません。「健康」=「寿命・命」ではない、ということです。
現在では、健康でなくても命を延ばす方法がいくつかあります。そして、このことが決して人々を幸福にしているわけではないことは、介護の職業に就いている人やお家で介護をしていらっしゃるご家族の中で実感されている方もいらっしゃると思います。
また、身体的に健康な状態であっても、精神的に病んでいる人たちが決して幸福ではないことは簡単に想像できることでしょう。
そして、精神的に病んでいる人たちの多くは、社会的な関係に影響されているのではないか、ということです。これが「良い人間関係」の部分です。
例えば、過重労働でうつになった、いじめにあって不登校になった、などは、周りの環境によって引き起こされるものです。
また精神的な病とまでいかなくても、リストラで会社をクビになった、家族といっても冷え切った関係、育児の方法が分からず放置・虐待、近所と孤立して孤独死した、など、不幸だな、と感じる事例の多くに「社会との関係」というものが大きく影響しています。
ただ、草郷氏の意見はブータンの研究者でいらっしゃるだけに、ブータン国民が幸福を感じている理由をブータン人の生活を基に分析してみたらこうだった、というだけのような気がします。
もう1人のパネリストは、また違った視点で”幸福であるためにどうしたら良いか”示唆してくださいました。
(続く 。)
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