先週末は、主任介護支援専門員の研修でした。
私が主任ケアマネの研修を受講しているのではないですが、
そのアドバイザーみたいなことでした。
今日は事例検討会だったんですが、いろいろな事例がありました。
そのなかで印象に残った話を。
施設ケアマネさんの事例でした。
利用者Aさんは、在宅生活を希望しておられました。
しかし、医療依存度の大きいことと日常生活動作(ADL)に
介助が必要なことから、施設職員は
在宅生活はできないだろう、と判断していました。
しかしAさんの家に帰りたい希望は募るばかり。
やがて、Aさんは「やっかいな人」になっていきます。
そして、事例提供者の施設ケアマネさんは
精神科受診を試みました。
しかし、診察の結果、「異常はありません」と…。
その後Aさんは、みるみる元気になり、
希望していた在宅生活を実現することができたのです。
このことを通じてこの施設ケアマネさんは
「なんて自分は、Aさんにそういう目でしか
見られなかったのだろう」と思ったそうです。
当時はAさんには関わりたくなかったそうです。
そして今では、そういう接し方しかできない自分を
恥じているそうです。
という話でした。
なお、この施設ケアマネさんは
この事例をきっかけに、どんな人でも
分け隔てなく対応できるようになったと思う、
とおっしゃいました。
私はこの話を聞いて、
なるほど、この施設ケアマネさんは
この事例を通して成長されたんだな、と思うと同時に
「誰かの支えがないと、燃え尽きてしまうかもしれない」と
思いました。
というのは、
「色眼鏡で見ない」とか「分け隔てなく対応する」
ということは、とても難しいことだと思うからです。
普段から、これが身についている人は人格者と言えるでしょう。
私も小学校の道徳の時間にこんなことを教えられた
覚えがあります。「こんな風に人と付き合いなさい」と。
そして、われわれの仕事は、
それが求められることが多いです。
要するに、このことができないというのは、
職業人として失格である、というどころか、
人間性を否定されることだと思うのです。
真面目な人なら、「私ってダメな人間だわ…」。
んで、バーンアウトです。
いやいや、そうじゃないんだよ。
人間には、偏見や人の好き嫌いというものが
身についていると思います。
それがあるが故の”主体”、だと思います。
だから、色眼鏡で人を見ることは
あり得ることだよ、と言ってあげるべき。
真面目な人だからこそ、そういってあげる必要があるかな、と。
これが不真面目な人なら、道徳的なことを言ってあげても
いいと思うんですけどね。
この人がダメなところは、「色眼鏡で見ていた」という
人間的なところじゃなくて、Aさんが在宅希望していたのに、
それに対してのアクションをひとつも起こしていなかった
職務上の怠慢に向けられるべきでしょう。
要は、人間性や人格のみ強調して
仕事ぶりの良し悪しを判断することは
もう止めましょうよ。
それを強調し続けると、特に真面目な人たちは
この仕事を続けられなくなると思います。
「バーンアウト」って、単に「仕事が忙しすぎるから」という
理由だけなじゃないってことを考えました。
見極めが大切ですね。