(これは「日本ホスピス・在宅ケア研究会」のセミナーに参加したときの感想です。)


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次のシンポジウムでは、介護現場で看取りの実践をしている方たちの考えを聞かせていただいた会でした。



いろんな実践、考えがあるものですね。



柴田久美子さん(なごみの里代表)は介護オリンピック を企画された人ですが、彼女のいる島根県・隠岐の島、知夫村は人口約600人。病院がない。ですから自宅で死ぬことが当たり前になっている、ということだそうです。ですから、医療が死ぬことをむやみに先延ばしすることがない、ということだそうです。


現在では、島根県出雲市などで事業所を経営されていますが、そこでも最期の場所をどこで過ごすか、ということについて、柴田さんは必ず本人に聞き、自宅を選んだ場合は、24時間体制でその人につけるようにボランティアグループを組織するとのことでした。はじめは民生委員さんを口説くそうです。



鳥海房枝さん(特別養護老人ホーム清水坂あじさい荘総合ケアアドバイザー)は10数年前から施設長を務めておられましたが、施設が始まって半年した頃、95歳のおばあさんが「病院で死にたくない。ここで逝かせてくれ。」と言われたことで、「施設で看取ることにしよう。」と決心したそうです。そして遺体を見送るときに施設中にアナウンスして見送ったとのこと。


はじめは「他のお年寄りが動揺しないか」と思って心配していましたが、こんな反応が返ってきたそうです。「ここに住まわせてもらっているけど、これで安心した」と。どういうことかというと、認知症になっても優しく接してくれる。お漏らししても穏やかに替えてくれる。亡くなってもこんなに大切に見送ってくれる。そのおばあさんは、そう感じたそうです。



坂井由佳子さん(デイケアハウスにぎやか代表)は、ターミナルの段階にあった兄を病院に連れて行こうか、と悩む弟さんに、自分の出産体験を通して「生まれる時も、死ぬ時も、同じように苦しいんだ。それを病院に連れて行くと、もっと苦しむかもしれませんよ」と言ってあげたそうです。


そして逝かれたあとで、死後の処置(エンゼルケア、と言うそうですね)をしている間、悲しいとかそういう感じを持たずに、ただ、すごかったな、という尊敬のような気持ちを持たれたのだとか。



鳥海さんは坂井さんの「生まれるときも、死ぬときも、同じように…」ということに対して、こんな発言をしました。



子育てはその昔、同居が当たり前だった頃は、嫁は姑から教えられて子育てをしていた。良いか悪いかは別として、それしか育児の方法がなかったのだ、と。そして高度成長期を迎え、核家族化が進行して、子育てはどうすればよいか分からないという家が増えた。そういう時代に氾濫したのが育児本、というもので、そのおかげでいろんな育児法が紹介されたのだが、どれを実践したらよいのか分からなくなって、中には育児ノイローゼになった人もいる。


ちょうどその頃と同じようなことが、今、死に対して起こっている。というのは、死ぬまでの過程でいろんなことを選択することが必要になってきている。そこで選択を迫られる当事者たちは混乱に陥っているのだ、と。


なるほど、医療が進歩したからなのか、死生観に変化が起こったからなのか、分かりませんが、現代はどういう過程をたどって死を迎えるか、というのを選べる時代になった、と言えるかもしれません。それに比べて、昔は死ぬことに対してなすすべがなかった。だから、死に逝く人をただ見守るしかなかった。


この選べるという行為は、一見すばらしいことのように感じられますが、選択肢が増えることは実はそれほど人間を幸せにしないのではないか、ということを感じます。



「こんなやり方がある、あんなやり方もある。さあ、あなたはどうする?」


こう問われて、きちんと選択できて、その選択を後悔しない、という人が一体どれだけいるのでしょうか?


少なくとも、優柔不断な私は、死にゆく過程を悔いなく選ぶことはできないような気がします。それよりも、「そういう運命だから」と自分を納得させて、成り行きをただ見守る、そのほうがかえって気持ちが楽な感じがします。



選択肢がなかった時代はそうやって自分を慰められたんだけれど、方法論が提示された現代では、もはやこの手は通用しないんでしょうね。



“死にざま”を真剣に考えなくては

いけない時代になっています…。
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