認知症のある80歳の朝倉さん(仮名)。

いよいよ1人暮らしができなくなってきた。

散歩に出かけたまま帰れなくなってしまったことが

何度か続いたのだ。そのたびに近所の人の世話になっていた。



「私はまだまだ大丈夫。老人ホームには行かない。」と、

頑なに拒んでいた朝倉さんだったが、妹たちの説得に負けて、

とうとうグループホームの入居を決断した。



若い頃は都会で出版社に勤めていた朝倉さん。

仕事一筋で独身を貫いた。

服装にもいつも気を使い、凛々しい人だったが、

最近は身なりもかまわなくなっていった。



朝倉さんと妹さんたちと私とでグループホームに出向き、

施設の説明を聞いた。

私は朝倉さんの正面に座り様子を見ていた。

「いざとなれば、私は逃げちゃうわよ」と

冗談を言って笑ったりしていたが、その笑顔も長くは続かず、

やがてすぐに観念した表情に戻っていった。



その寂しげな表情に気づいたのか、

妹さんは「もし、グループホームに慣れなかったら、

仕方がないから連れて帰ります。」と言った。

朝倉さんの気持ちを少しでも和らげようとしたひと言なのだろう。

でも、朝倉さんは思い詰めた表情は変わらなかった。




グループホームのフロアで他の入居者とあいさつを交わす朝倉さん。

自分が都会の出版社でバリバリやっていたこと。

本当はまだまだ家で生活していけるけど、

今回は妹の顔を立てて…と話す朝倉さんの、最後に強がる姿を見た。




3日後、気になってグループホームに行ってみた。

フロアに案内されたが、朝倉さんの姿はなかった。

フロアを通り過ぎて、朝倉さんの部屋へ案内された。



「たしか、昼間はフロアで過ごすようになっていませんでしたか?」と聞く私に、

「まあ、初日から皆さんと一緒に過ごされるのは大変でしょうから」と

グループホームの職員さんは答えた。



朝倉さんは部屋のベッドに横になっていた。

そして、私を見つけるなり、ベッドから起きた。

「どうですか?昨日はよく眠れましたか?」と私は声をかけた。



「ここにいてもいいですか?妹にここにいるように言われているので…」と、

朝倉さんは言った。時々泊まっていた妹さんの家と間違えているらしい。

私は慌てて言葉を探した。


朝倉さんを不安がらせないように、妹さんの家に来たつもりで答えないと…。

「ごめんなさい。大丈夫ですよ、少し様子を見させてもらいに来ただけですから。」



…うまくいっただろうか。






沈黙が流れた。




「大丈夫ですよ、恵子さん(仮名)に“ここに居るように”と、

言われていますよ。」。

グループホームの職員さんにそう言われて、朝倉さんの表情が少し緩んだ。





よかった。妹さんの名前を聞いたおかげで少しホッとされたようだ。





話もそこそこに、私はグループホームを後にした。





それからさらに1ヶ月後。

グループホームに併設しているデイサービスへ用事のあった私は、

外からガラス越しに見えるグループホームのフロアに目をやった。





朝倉さんはどうしているかな…。





ゆっくり見渡すと、フロアのテーブルで他の人たちと

楽しそうにしている朝倉さんの姿が!




私の足は自然とグループホームの玄関に向かっていた。





「こんにちは、朝倉さん!」


朝倉さんは、たぶん私の顔は忘れてしまっているようだったけど、

もともと社交的な性格なので、

「あらあ、こんにちは。よく来てくれたわねえ」と話を合わせてくれた。




「楽しそうですね、何をしているんですか?」と聞く私に、

「この人は折り紙。この人は塗り絵。

子供みたいなことをしているけど楽しいのよ。皆さん、お上手で!」と、

弾んだ声で話してくれた。





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