(前回はこちら 。)
花などの茎に針を刺して、
植物に含まれている蜜を吸って生きています。
アリマキの存在は約2億年前の化石でも確認されているようです。
歴史的にヒトが誕生する遙か昔からアリマキは生息していました。
そんな遙か昔から生息している昆虫の営みを観察することで、
生物がどのような進化を遂げていったのか調べることができます。
アリマキの性別はメス、です。
全てメスです。
1匹のアリマキが1日に数匹の子供を産む。
卵を産むのではなく、子供を産む。
生まれて間もないアリマキのお腹にも
すでに自分の子どもが宿っています。
アリマキは交尾、受精の過程を経ることなく、
子孫を増やすことができるそうです。
このアリマキの繁殖の過程にオスの出る幕はありません。
福岡伸一氏はこう書いています。
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「この全く無駄のない高速の繁殖戦略に太刀打ちできる生物はほとんどいない。
メスとオスを必要とする有性生殖。私たちヒトを含む多くの生物が採用する方法は、
アリマキの目から見たら気の遠くなるほど効率の悪いものに映るだろう。
私たち有性生物は、パートナーを見つけるため、常々右往左往し、
他人が見たら馬鹿げた喜劇としか思われないような徒労に満ちた行為を、
さんざん繰り返してようやく交接に至る。
首尾よく成功したとしてもそこで受精が成立する可能性はそれほど高くない。
その後、生まれた卵あるいは子どもを保護し、
生殖年齢まで育て上げるためには驚くべき時間とコストがかかる。
アリマキたちにはこの一切がないのだ。」
(『できそこないの男たち』福岡伸一 光文社新書)
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ただ、オスが出る幕が全くない、ということではありません。
過ごしやすい暖かな夏がそろそろ終わりにかかる秋頃、
メスは自らが産む子供をカスタマイズ(作り替え)してオスを産みます。
そのわけは…。卵を産むためです。
これから寒く冷たく厳しい冬がやってきます。
自分たちのエサである花の蜜も思うように得られないかもしれません。
その厳しい環境から自分たちの種を守る術は、
そんな環境に少しでも耐えられる可能性のある
殻のついた卵の状態にして冬を越そうとする
アリマキたちの本能なのでしょう。
また、こういうこともあります。
メスがメスを産むということは
メスの染色体をそのまま受け継ぐ、という
いわば親のクローンとして誕生するわけですが、
受精すると、AとBのアリマキの遺伝子を半分ずつ
もらい受けることができます。
そうすると、親のクローンでしかなかった
アリマキに小さな変化が起こります。
2匹のアリマキの遺伝子を持った子供は
親よりも少し丈夫なアリマキになるかもしれません。
あるいは少し寒さに強い、とか。
あるいは少し蜜を吸うのがうまい、とか。
反対に、生きていくのに不利な遺伝子を受け継ぐ場合もあるかもしれません。
そういったアリマキは厳しい自然の中でやがて淘汰されていくのでしょう。
ところで、こんな疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。
「受精してできた子供は、オスの可能性もあるんじゃないか」と。
ところが、メスが産んだオスの染色体にはY染色体がありません。
X染色体が一本のみです。つまりオスはメスの「できそこない」です。
そしてオスの精子の中には、X染色体を一本含むものと含まないもの、2種類あります。
そしてX染色体の含まない精子は受精できずに死んでしまいます。
受精できるのはX染色体を持つ精子のみです。
つまり受精卵は、すべてメスだけなのです。
メスは、完全にメスを産むためだけにオスを産むのです。
受精させるためだけにオスを産むメスのアリマキ。
自分の親から譲り受けた遺伝子を他のメスの遺伝子と混ぜ合わせるためだけに
生きているオスのアリマキ。
福岡氏は、オスのその様子について、こう書いています。
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「アリマキのオスはどことなく哀しく見える。
たっぷりと蜜を吸って、動きも緩慢、
豊満な身体のメスに比べると極めて対照的だ。
オスは干からびたような、がりがりにやせた身体をしており、
手脚も華奢(きゃしゃ)だ。
それをばたつかせながら落ち着きなくあちこちを走り回る。
彼らにはするべきことがあるのだ。
オスのアリマキの役割はただひとつ。
秋が終わるまでに、できるだけ多くのメスと交尾をすること。
彼らは一瞬の休みもなくメスの間を渡り歩いて、
命が尽きるまでその勤めを果たさねばならない。」
(『できそこないの男たち』福岡伸一 光文社新書)
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