(前回はこちら。→手応え
)
回数を重ねた、ある日の勉強会のことだった。
自主的な活動をしている私たちの勉強会に興味を持って、
初めて施設長が参加してくれた。
そのときのテーマは「障害者の恋愛について」。
障害者の恋愛、さらには結婚、出産、子育てについて考える、
というものだった。
その施設長も、自分に嘘をつけない正直者だった。
「私は恋愛はいいと思うが、結婚、出産となると責任の問題が出てきて
大変だから、認められない。」と発言した。
施設長くらいの年齢の人間なら、
そう思うのが普通かもしれない。
今でいう人権教育のようなことを
全く受けていない年代なのだから…。
施設長らの年代の人間の多くにとってみれば、障害者とは
”保護されるべき者”という程度の認識なのかもしれない。
もちろん、加藤や加藤の子分らは「それは違う」と反論した。
障害があっても、それで差別してはいけない、と言った。
その場にいた施設長以外のほとんどの人間がそう思っていたため、
施設長だけが追い詰められた空気になってしまった。
重い空気の中、勉強会は終わった。
それからも勉強会の案内はしたものの、
施設長はそれっきり勉強会に顔を出さなくなった。
もちろん、勉強会も消滅してしまった。
そして4月になり、私はその施設を去らなければいけなくなった。
おそらく、私の扱いに困った施設長の判断だったのだろう。
それから数年後、私は退職を決意し、
下川さん(仮名)と一緒に県外の新しい法人に勤務することになる。
そして、加藤とも連絡を取らなくなった。
(つづく
。)