60歳代前半の末期ガンの男性患者さんを担当したときのことです。
点滴の抗がん剤で効果の具合を見ていたんですが、
これからは通院しながら治療を続けましょう、ということに。
5ヵ月間の長い入院生活からやっと開放されます。
ご本人の奥さんから電話があり、それから1ヶ月半のあいだに、
ご本人にお会いしたり、住宅を手直ししたり、
介護サービスの段取りをしたりしてきました。
そして近所で訪問診療をしてくださるかかりつけ医のお医者さんのところへ
奥さんと一緒に行きました。
診療所の待合室で奥さんと会ったんですが、どうも浮かない顔です。
「ご主人の具合はどうですか?」と聞くと、
奥さんはポツリポツリとしゃべりはじめました。
「主治医の先生は”点滴の治療のほうがいい”っておっしゃるんですけど、
副作用がひどくて、主人は「抗がん剤はもういい」って、治療を拒否するんです。
”もう死ぬ覚悟はできてる。”って、言うんですよ。」。
ちょっと困った様子の、だけど必死で笑顔になろうとする
奥さんの気持ちがそのまま表れたような表情でした。
その顔を見て「奥さんはきっと諦めていないんだ」と思いました。
患者さんは胃・肝臓・骨とがんの部位がいくつもありました。
「退院、ということは、残る人生を悔いなく過ごすということだろうな」と、
私は勝手に思っていました。
はじめにガンが見つかったときは、お医者さんから
「若いから進行が早いし、半年もつかどうか」と言われていました。
しかし、それから2年経過しています。
初めて奥さんに会って話をしたときは、
「これだけ生きてくれたらいい。病院通いの生活にも慣れました。」って、
おっしゃっていましたが…。
でも「2年生きられたんだから満足。」というわけにはいかないんでしょうね。
自分の立場に置き換えてみれば、その気持ちがよく分かります。
2年生きたから、もう1年はいけるかな。
そこまで来たら、まだ半年は生きられるかな。
そうやって、生きてほしい欲求は募るばかりなんでしょうね。