自己決定って、どんなときにも守られなければならない絶対的なものでしょうか?

自分で決断すること。それは、いつでも必ず良いことなのかな?


どなたのブログか忘れましたが、自分の身内が終末期を迎えていて延命措置を断ったという記事を読みました。


「延命措置を断る」ということを、終末期の本人になり代わって、その方が「自己決定」を代理されたのです。そしてそれは、その方自身の「自己決定」です。


誰しもが大切な自分の身内の命を縮めようとする「自己決定」をしたいはずがありません。そのことは、おそらくその本人が亡くなっても、「自己決定」した自分自身の決断を自分自身が死ぬまで悩むことになるかもしれません。“あの時の判断は正しかったんだろうか”と。


そんなことを思わなくても済むように、「判断は医師に委ねたい」と思う人もいるかもしれません。そうすれば、自分自身の後悔はいくぶん和らいで、今後の人生を生きていけるかもしれません。

変な言い方をすれば、「責任を医師になすりつけて…」ということです。

「先生がそう言ったから…」と納得する方法があるかな、と思ったわけです。


医師も、なすりつけられた責任を背負う使命が、もしかしたらあるのかも。

なんせ、日々“人の生き死に”に関わる重要な仕事をしていらっしゃるのだから。

そんなお医者さんには権威をあげてもいいんですよね、あがめ奉っても。

(“権威をあげてもいい”なんて、ま~、偉そうに…。)

でも、今や何かあったら訴訟だのなんだの、だから、責任なんて負えないんでしょうね。


「自己決定する自由」があることは、同時に「自己決定した責任」が伴うのです。

「“どんな場面でも自己決定できる”、そんな強さを持つべきだ」とも言えないなあ、と私は思ったので。


「○○のせいにしよ」って、思うことはないのかな?



  どうかな?

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