え~、書いていくうちに、だんだんと混乱してきたので、
今日はひとつめの結論を書きます(;^_^A
「効率化、良いところと悪いところ」というのが今日のタイトルです。
でも、「効率化は良いことだ」って多くの方が思っているでしょうから、
効率化の悪いところを書いていきます。
前回の記事では、これから日本でも社会保障を受ける人たちが増えるだろう、
と書きました。実際そうです。今は下火になっている話題ですが、
年金制度なんかも「俺らが歳取ってからも、年金もらえるのかよ\(*`∧´)/」
なんて話もちらほらありましたね。
要するに、社会保障制度が破綻するんじゃないか、という心配。
国も当然そういう危機感を感じていて、
必要な人にサービスが届くように効率化を目指そうとしている、
ということを前回書きました。
効率化を全否定するつもりはまったくありません。
必要な場面も多いと思います。
しかし、見方を変えると悪い面もある、というお話です。
例えば「障害別に棲み分けする」ということがあります。
例えば、認知症グループホーム。効率化の視点で見れば、
認知症のある人だけを1カ所に集めて、専門的に認知症のケアを行っている、
ということが言えます。
ただ、「手に余る認知症(認知症症状のひどい)の人は、
グループホームにいられない」。そういう取り決めがあります。
これが、「制度に漏れてしまう人がいる」という事例の1つです。
このケースでは、正確にいうと「制度に漏れて行き場所を失う」と
いうことではありません。グループホームの制度に漏れてしまっても、
精神科の病院に入院するという「制度」に救われる、ということになります。
ここが、私たち介護に関わる職種が踏ん張りたいところですね。
グループホームという制度の中で生活するのがよいか、
病院という制度の中で生活するのがよいか、ということです。
認知症の専門ケアを提供する場所ならば踏ん張りたいところです。
さて、話を元に戻して、認知症のケアを踏ん張って、
その人らしい生活を送りますが、やがて寝たきりになったりしてきます。
そうなると、どうなるか。
例えば、特養(特別養護老人ホーム;介護老人福祉施設)に入所する、
といったことがあります。
「障害別に棲み分けする」という効率化の面で見ると理にかなっています。
認知症グループホームは認知症のケアが専門の施設ですから、
「寝たきりになったおかげで認知症ケアの必要がなくなったらグループホーム」
というのは、その人に合っていないサービスだからです。
でも、住み慣れたところを離れるのは嫌ですよね。
でも、まあ、特養に入ったら年寄りばっかりだった、と。
このところ、介護度の重い人優先の政策がとられているため、
本当に寝たきりの人が多いらしいです。
ここでは、特養が「寝たきり専門の施設」ということになる。
つまり「障害別に棲み分けする」ことがここでも見られるということです。
こういう施設に入るお年寄りはどんな気持ちになるでしょうか。
生きる気力を萎えさせる人もいるでしょうね。
そもそも、特養やデイサービスに行くことを
「あんな年寄りばかりのところには行きたくない」っていうじゃないですか。
おそらく「あなたは年寄りです」っていう分け方をして欲しくないからですよね。
また保育園の子どもたちと交流するお年寄りの顔が全然違う事って、
よくありますよね。あの瞬間って、自分と同じようなシワだらけのお年寄りではなく、
はつらつとした子どもたちに触れ合えるから嬉しいんじゃないでしょうか。
要するに棲み分けられたくないんだと思います。
それが伊藤さんの施設 では、必要であればどんな人でも受け入れる、
という姿勢が取られています。「障害別に棲み分けしない」ということです。
あそこに行けばいろんな人がいる。それが元気になる源なのかな。
効率化を意図したこれらの政策ではないのかもしれないけど、
結果的にそうなっているということが書きたかったわけです。
(つづく。)
「話が飛躍しすぎだ!」と
いう意味でK点越え!?
明日からラージヒルが…(笑)