おはようございます。
昨日行ってきた研修会はこんなタイトルの研修会でした。
(「講談で知る…」のほうです)
講談師、神田織音(かんだおりね)さん の成年後見に関する講談があり、
なじみの薄い成年後見について学ぶ一日になりました。
内容はあとに譲るとして、
皆さんは講談って見たことがありますか?
私は初めてでした。
ステージには座布団とちっちゃなミカン箱のような台がひとつ。
パッと見て、「落語かな」という感じでした。
で、講談師が一人二役も三役もするので、
ほんとに落語みたいな形態なのですが、
本当にあったことを話すということで、
そのへんが落語と違うところかな、と。
そうそう、神田さんはこんなことを言っていましたね。
「講談はまるでそこに居て、見ているかのように
お話をするのです。」と。
場面、その状況、会話のひとつひとつ。
場面の説明をしたかと思うと、
そこにいた人の台詞を言う。
と、思うとまた場面転換する。
そして、その状況を話す。
聞いていると、なるほどそのときの様子が
目に浮かぶようでした。
話は変わりますが、
今、タレントの千原ジュニアさんが
とある著書の中で「おもろい話をするやつは
その状況を相手に分かるように話す」って、
書いていたのを思い出しました。
おもろないやつの話は
しゃべっている自分は分かっているけど、
聞いている相手は何を言っているんだか、
分からない。
それが、おもろい話するやつと
そうじゃないやつの話芸の差、だとか。
そのときの状況をうまく相手に伝えないと、
面白い話も面白くなくなる、と。
仕事の報告や相談でもそうですね。
自分は分かっているけど、話を理解するのに必要な
主語がなかったり、時間がいつのことなのか分からなかったり。
「え~~、それ、一昨日のことかいな」とか、ありませんか。
うまく伝えるのにも、相手が分かるように話すことは
必要ですね。
人のブログを見てても、「何を言いたいのかな」と
思うのが、時々あります。
これは訓練で直るもののようですよ。
「話芸を磨く」って、
別に芸人さんを目指そう、
ということじゃないんですけど。
ブログでも、話すことでも
今一度、振り返ってみて
ちゃんと意味が伝わるかどうか、
点検してみることも必要かもしれませんね^^v
今日のは走り書きなので、
うまく伝わっているかどうか、
心配なのですが…。