ひと月前のことです。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと。知っとる?金田さん(仮名)のこと?」
とデイサービスの勝山主任(仮名)が、私の姿を見つけると
勢いづいてやってきました。
この勝山さん、人の不幸をとても楽しそうに話す人なんです。
「なに?なに?」案外私もそういう手の話しは好きなので、
つい話し込んでしまいました。
「この前、金田さんの入ってる老人ホームに行ったらな、
あんなに大きな男が、シューッと半分になっとったわ!」
と目をキラキラさせて言いました。
「???」どういうこと?
金田さんは認知症のあった人で、昼夜問わず徘徊されて、
家族が困り果てて老人ホームに入った人です。
金田さんはがっちりした体型で、戦時中も招集で
ビルマに何年も行っていた強者でした。
「ワシが行ったビルマはなあ、そら、大変なところだったで。
朝起きたら、隣に寝とるはずのもんが、おらんがな。
なんでか分かるか。トラだ、トラ。トラは人間の頭を狙うだぞ。
寝とる間に頭から持って行ったんだがな。」
そんな話しをいつも繰り返し、繰り返し聞かせてくれる人でした。
また、家では亭主関白、昔ながらのオヤジ、という感じで、
息子さんも逆らえない、という家でした。
私たちもよく怒られていました。
施設に入ることが決まったとき、家族の負担がなくなり良かった、
と思う反面、金田さんのトラ話が聞けなくなるのが、
少し残念に思ったものです。
その金田さんが半分になったって?
勝山さんが続けました。「なんか知らんけど、体が半分になっとるだけ。
でも、あの怒った口調は変わらん。「おうっ!なにしとるだ!」って、
職員を怒っとったわ。」って、笑って言いました。
あの老人ホームはヘンなところだしな、ほったらかしで、
ご飯も食べなかったらすぐに下げて、
そんな感じで痩せちゃったのかもしれない。
あまりに勢いよく、勝山さんがしゃべるので、
私も会いたくなってしまいました。
そして今日、行ってきました。
その老人ホームに用事があって、金田さんがどうしているか、
相談員さんに案内してもらったのです。
そして、部屋で横になっている金田さんの姿にびっくりしてしまいました。
勝山さんの言うとおり、やせ細って、
とても立ち上がれるような様子がありません。
寝間着もはだけて、頬もこけていました。
「2ヶ月前頃から、食が細くなってきたんですが、
診察してもらったら、胃ガンが見つかって…」
と相談員さんは説明してくれました。
痩せた原因はガンだったのか。
家にいた頃の金田さんとは全く違うその姿に、あ然としてしまいました。
そして、興味本位に顔をのぞきに行った私の不謹慎さを心の中で謝りました。