またまた昨日の研修会 の続きです。
この研修会、「認知症やさしいまちをめざして」
という、テーマで行われたのですが、
なかなか実際は、目指すんだけれども、
実現するのは厳しいなあ、と思いました。
シンポジウムでパネリストの弁護士さんが、
こんな事例を話されました。
70歳代の、人のよい男性。若い頃から世話好きで、いろんな人の金銭的な世話をしてきた。ある日、そんな男性の性格を知ってか、2人の知人が男性の土地を狙ってお金を借りようとしていた。2人が会わせた不動産会社社長は、4000万円の土地を担保に1000万円を貸して、もらった1000万円を3人で分けた。男性本人に残ったお金は300万円足らず。そのことを知った息子が私のところにやってきた。
結局、不動産会社が訴訟を起こしたのですが、結局借りた1000万円を返済することで済んだ、ということのようです。
株で損をした年寄りに「もう300万円あれば取り返せる」と言って、さらに投資させた例もありました。
悪い人間がいるもんです。
どう守ればよいのでしょうか。
パネリストたちは「成年後見制度」の活用を声高に言いました。
今の制度では、それしかないのでしょうね。
でも日本ではなかなか、その制度は遅々として普及しません。
自分が判断能力のあるうちに、後見人を決める「任意後見」もできますよ、
とも言っていました。
でも、人間って「自分だけは大丈夫」って思う習性があるらしいですからね。
ある心理学の本に書いてありました。
「自動車事故に遭って、他の人は死んでも、自分だけは助かるだろう」
「火災にあって、他の人は死んでも、自分だけは助かるだろう」
って、思うらしいですよ。
皆さん、まさか自分が認知症になるかもしれないって、思いませんもんね。
正直に言うと、私は自分が認知症になるってイメージ、あまりないです。
だから、「将来、認知症になるかもしれないから、自分の後見人を決めておこう」とは
考えにくいかもしれません。
皆さんはどうですか。考えていますか。
決めといた方が、断然いいのですがね。
「認知症やさしいまちをめざして」と、
いうところに話を戻すと、
ちょっと徘徊や隣の畑の野菜を無断でもって帰る、
なんてことが起こると、近所の人はすぐ役場に連絡します。
心配で、一人暮らしを見てられないから、
という気持ちならいいですけど、
「何で施設に入れないんだ」と言われると、
苦しい気持ちになります。
言い分も分かるんですよ、近所の人が、
その人のことを心配して、
言ってくださっている、と思うと。
「こんな手助けがあれば、暮らしていけると思うんです。」って言っても、
「保証できるのか。」って言い返されると、ちょっと…。
でも、きっと近所の人たちも
「自分も認知症になるかもしれない」とは、
思ってもいないでしょうね、きっと。
「認知症にやさしいまち」。
どう実現させますかね。
追記;法律問題で悩んだら、法テラス に相談すると良いそうですよ。
私は使ったことがないんですが。お世話になった方、
いらっしゃいましたら、コメントの方に。
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