昨日は、通所サービスの家族会に参加してきました。家族は30人ぐらい参加がありました。ミニ講演会、通所サービスの様子をビデオで紹介した後、小グループに分かれて家の様子を語り合う会になりました。
私は、おもに認知症の方を介護するグループにいたのですが、こんなことを思いました。
こんなやりとりを聞いたときに思いました。
ご主人を介護する妻の話です。
「夜の徘徊に困っています。ご飯もあまり食べようとしないし。言うと怒るし。でも、嫁さんの言うことは聞くんですよね。あと、孫の言うことも。」
お母さんを介護している息子さんが言いました。
「着替えろ、って言っても着替えない。もう寝ろ、って言っても寝ない。本当に大変です。」
すると、別の家族の娘さんがこう言いました。
「認知症になったら、仕方がないですよ。自分がああしよう、こうしよう、としても。本人の言うままにするしかない。」と。
おそらくですけどね、娘さんは悟ったんでしょう。どうあがいてもダメだ、ということを。でも、悟るまでは大変なご苦労をされたのだと思います。
そして妻と息子さんのほうは、認知症でいろんなことができなくなっていく身内を受け入れることができないんじゃないでしょうか。
断っておきますと、認知症の程度の差やご家庭の事情はいろいろあるので、一概には言えないとは思いますが。
認知症症状の行動を受け入れる、ということは、はっきり言って受け入れがたいものだと思います。我々だって「他人様だから介護できる」という面があると思うんですよ。
衰えていく自分の親を、配偶者を正視することがいかに難しいことか。私も経験しています。
衰えていく人たちに「なんで優しくできないの」と、自分を責めている人もなかにはいるかもしれません。でも、全くそんなことを思う必要はないと思うんですよね。
だって、悟りを開いた人しか、受け入れることはできませんもん。
悟りを開くことって、とても大変なことだと思うんですよね。
「ありのままを受け入れる」なんてね。
だから、私たちも介護をしている家族の人たちに「一緒に頑張りましょう。」などと言うより、「よくしてあげておられますね。」と認めてあげることのほうが必要なのだと思いましたね。別の言い方をすると“ねぎらってあげる“ことを。
認知症の人の行動を「何か理由があるはずだ」と、その行動を認めてあげるのと同じように、家族の人も「頑張っておられるんだ」と、認めてあげること。
認知症になった人も、介護する家族の人も同じなんだと思いましたね。
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